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04月20日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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河内国

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  • 道鏡(2017年02月10日 朝刊)

    河内国若江郡(大阪府八尾市)を拠点とする氏族、弓削氏の出身。病気になった孝謙上皇(後の称徳天皇)の健康回復を祈祷(きとう)したのをきっかけに上皇の信頼を受け、太政大臣禅師、法王へとのぼり詰めた。769年、「道鏡を天皇にせよ」という宇佐八幡神のお告げが朝廷に伝えられたとされるが、和気清麻呂らによって即位を阻まれ、称徳天皇の病没で失脚。左遷先の下野(現在の栃木県)で没した。

  • 百済王氏(2015年03月13日 朝刊)

    舒明天皇の631年に渡来した百済の義慈王の子、善光(ぜんこう)(禅広)を祖とする氏族。663年の白村江の戦いで百済は完全に滅ぼされ、善光は日本にとどまり、持統朝に百済王という氏の名を与えられる。東北経営に重用され、奈良時代に百済王敬癖きょうふく)が活躍。東大寺大仏造営のために金を献上。河内国(大阪府東部)の国司に任じられ、今の大阪府枚方市を拠点に繁栄した。

  • 称徳天皇と道鏡(2017年10月18日 夕刊)

    761年、近江(滋賀県)の保良宮(ほらのみや)で病気になった孝謙上皇は道鏡の看病で回復し、彼を寵愛(ちょうあい)するようになる。それを批判した淳仁天皇を廃して764年に称徳天皇として再び皇位に就くと、道鏡を法王とした。769年、九州の宇佐八幡宮から「道鏡を皇位につけよ」という神託が伝えられたが、直後に覆す神託がもたらされて道鏡は即位に失敗。その直後、称徳天皇は彼の故郷の河内国若江郡に副都として由義宮を造営し始め、由義寺の整備も進めた。しかし翌年、称徳天皇が死去すると、道鏡は失脚。由義宮、由義寺の造営もストップしたとみられる。

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