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08月11日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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田中正造

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  • 水俣病と水俣学(2011年05月25日 朝刊)

    チッソ水俣工場(熊本県水俣市)の排水が原因の有機水銀中毒。国の公式確認は1956年だったが、公害病と認めたのは68年。今も国の認定基準をめぐって訴訟が続く。認定患者は約2300人、未認定患者は5万人以上。さらに多数の潜在被害者がいる。水俣学は、半世紀以上も混迷を続ける水俣病問題を通してどのような教訓を導き出せるかを探る、学際的な取り組み。原田氏が2002年から熊本学園大で開講した。従来の学問の枠にとどまらず、被害の現場や当事者から学ぶことが特徴だ。患者も講師になる。栃木県の足尾鉱毒事件で強制破壊された谷中村に住み、被害民から学んだ田中正造の「谷中学」をヒントにした。

  • 足尾銅山(2016年10月19日 朝刊)

    江戸時代に採掘が始まり、東洋一の生産量を誇ったが、1973年に閉山した。明治期に銅山から流れ出した鉱毒が住民に被害をもたらし、地元選出の衆院議員、田中正造が救済へ尽力したことでも知られる。

  • 足尾鉱毒事件(2019年07月26日 朝刊)

    明治時代、足尾銅山から出る鉱毒のために渡良瀬川流域の農地などが汚染され、農作物や住民の健康が被害を受けた。衆院議員だった田中正造(1841〜1913)や農民らは鉱山操業停止と救済を求めたが、政府は治水対策を名目として、谷中村を強制廃村とした。

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(惜別)坂東克彦さん 新潟水俣病訴訟の元弁護団長(2020/8/8)会員記事

 ■患者支えた行動力と強い信念 7月15日死去(老衰) 87歳 「現場こそ最良の教師」という行動力と強い自己主張。新潟と熊本の水俣病訴訟で、多くの困難な局面を突破してきた。 新潟県出身。弁護士になり、…[続きを読む]

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