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10月20日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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連合国軍

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  • 連合国軍の戦争捕虜(2010年07月31日 夕刊)

    戦時中、日本軍が捕虜にした連合国軍の兵士は約30万人にのぼったとされる。タイ—ミャンマー(ビルマ)間を結ぶ泰緬鉄道の建設現場などアジア各地で過酷な労働を強いられ、日本国内にも約3万6千人が連行された。米、英の捕虜の死亡率は3割に迫り、ジュネーブ条約違反の指摘を受けて極東国際軍事裁判などで追及された。昨年6月には、麻生首相(当時)の父が経営した旧麻生鉱業の炭鉱で働かされたというオーストラリア人の元捕虜らが来日。首相に面会を求めるなど、いまも謝罪や補償を求める動きがある。

  • 連合国軍人の戦争捕虜(2014年10月28日 夕刊)

    太平洋戦争中、連合国軍の兵士ら3万人以上が捕虜として日本に連れてこられたと言われる。多くは炭鉱や工場などで働かされ、飢えや空襲などで約3500人が亡くなった。外務省は「心の和解」をテーマに2010年から米国の元捕虜の招聘事業を開始。元捕虜や家族ら約70人が来日している。

  • 日本軍の連合国軍捕虜(2015年08月12日 朝刊)

    防衛省防衛研究所などによると、太平洋戦争中に日本軍が捕らえた捕虜と衛生兵は約16万8千人。アジアの占領地で鉄道や道路の建設に従事させ、一部は日本に連行して炭鉱や造船所で働かせた。飢えや虐待などで少なくとも3万8千人が死亡したとされる。戦後、虐待に関わった軍人らは戦犯裁判で追及され、死刑判決も多く下された。POW研究会によると、1990年代以降、元捕虜が日本政府や企業を相次いで訴えたが、すべて退かれた。三菱マテリアルは7月、鉱山で労働を強いた米国人捕虜や遺族に対し、初めて公式謝罪した。

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