メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

02月28日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

新着記事一覧へ

連合国

関連キーワード

  • 連合国軍の戦争捕虜(2010年07月31日 夕刊)

    戦時中、日本軍が捕虜にした連合国軍の兵士は約30万人にのぼったとされる。タイ—ミャンマー(ビルマ)間を結ぶ泰緬鉄道の建設現場などアジア各地で過酷な労働を強いられ、日本国内にも約3万6千人が連行された。米、英の捕虜の死亡率は3割に迫り、ジュネーブ条約違反の指摘を受けて極東国際軍事裁判などで追及された。昨年6月には、麻生首相(当時)の父が経営した旧麻生鉱業の炭鉱で働かされたというオーストラリア人の元捕虜らが来日。首相に面会を求めるなど、いまも謝罪や補償を求める動きがある。

  • 連合国軍人の戦争捕虜(2014年10月28日 夕刊)

    太平洋戦争中、連合国軍の兵士ら3万人以上が捕虜として日本に連れてこられたと言われる。多くは炭鉱や工場などで働かされ、飢えや空襲などで約3500人が亡くなった。外務省は「心の和解」をテーマに2010年から米国の元捕虜の招聘事業を開始。元捕虜や家族ら約70人が来日している。

  • 日本軍の連合国軍捕虜(2015年08月12日 朝刊)

    防衛省防衛研究所などによると、太平洋戦争中に日本軍が捕らえた捕虜と衛生兵は約16万8千人。アジアの占領地で鉄道や道路の建設に従事させ、一部は日本に連行して炭鉱や造船所で働かせた。飢えや虐待などで少なくとも3万8千人が死亡したとされる。戦後、虐待に関わった軍人らは戦犯裁判で追及され、死刑判決も多く下された。POW研究会によると、1990年代以降、元捕虜が日本政府や企業を相次いで訴えたが、すべて退かれた。三菱マテリアルは7月、鉱山で労働を強いた米国人捕虜や遺族に対し、初めて公式謝罪した。

最新ニュース

写真・図版

(日曜に想う)百年前のパンデミック 編集委員・曽我豪(2020/2/23)有料記事

 ほぼ百年前の春、米国各地の陸軍キャンプで新兵らが続々と高熱を発して病院にあふれた。医師たちが診たどのインフルエンザとも違っていた。 全身の痛みと咳(せき)、極度の衰弱、そして突然の死。遺体の胸部を開…[続きを読む]

PR情報

PR注目情報

注目コンテンツ

  • 写真

    【&D】ジャンルを問わない名曲たち

    ドライブにおすすめの音楽

  • 写真

    【&TRAVEL】奈良国立博物館の特別展へ

    はなのたびたび旅日記

  • 写真

    【&M】自由なバンドORANGE RANGE

    19年間ライブをやり続ける理由

  • 写真

    【&w】ウニ。お好きですか?

    写真特集

  • 写真

    好書好日東方神起メンバーも読んだ本

    韓国発“努力しないススメ”

  • 写真

    論座新型コロナとガバナンス不全

    今日の編集長おすすめ記事

  • 写真

    アエラスタイルマガジンパーカーの礎となった3カ条

    最高の評価を得てきた理由。

  • 写真

    T JAPANせきねきょうこが選ぶホテル

    新・東京ホテル物語 第56回

  • 写真

    GLOBE+始まるか、ロシア経済の逆襲

    新内閣に高まる期待

  • 写真

    sippo妻がサプライズで買った子猫

    夫は激高し「捨てに行く」

  • 働き方・就活

  • 転職情報 朝日求人ウェブ