メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

10月19日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

新着記事一覧へ

連合軍

関連キーワード

  • 長篠の戦い(2015年08月18日 夕刊)

    1575(天正3)年、織田信長・徳川家康連合軍3万8千と、武田信玄の後継者・勝頼の軍1万5千が設楽原(したらがはら)(愛知県新城市)付近で激突。名将・馬場信房ら武田側の多くの武将が討ち死にして、武田軍は大敗した。勝利した信長は天下統一に大きく近づいた。これまで「鉄砲三千丁・三段撃ち」が通説だったが、近年は疑問視される傾向が強くなっているという。敗走した勝頼はこの戦いの7年後、信長の甲州征伐で追い詰められて自害した。

  • 曹操(155〜220)(2009年12月28日 朝刊)

    後漢末期の武将で、三国時代の魏の基礎をつくった。群雄割拠の中で中国北部地域を地盤にした。戦略家としてだけでなく詩人としても優れていたとされる。「赤壁の戦い」で孫権、劉備の連合軍に敗退し、「魏・呉・蜀」が並び立つ形に。その後、息子の曹丕(そうひ)の代に後漢が滅亡し、魏王朝が始まった。中国では「うわさをすれば影がさす」のことを「曹操の話をすると曹操が現れる」という。

  • 大野城跡(2010年08月14日 朝刊)

    663年の白村江の戦いで敗れた大和朝廷が、唐(中国)・新羅(朝鮮)連合軍の侵略から大宰府を守るため、亡命した百済(朝鮮)人の指揮・監督で665年に築造した日本最古の山城。大野城市を中心に太宰府市、宇美町にまたがる四王寺山に築かれ、土塁や石垣の総延長は8キロ。内側に食糧庫や武器庫など約70棟の建物跡が確認されている。1953年に国の特別史跡に指定された。大野城のように、「日本書紀」などの文献にある古代山城を朝鮮式山城と呼び、記載された11カ所のうち6カ所が確認されている。一方、文献にないのは神籠石系山城と呼ばれ、これまでに16カ所が確認されている。いずれも北部九州から近畿までの瀬戸内海沿いに点在している。

最新ニュース

フーシ、サウジ攻撃の映像 「2千人捕虜」主張 イエメン反政府組織(2019/10/1)有料記事

 内戦が続くイエメンで、反政府武装組織フーシは29日、ハディ暫定政権を支援するサウジアラビアを攻撃したとする映像を公開した。フーシは9月14日に起きたサウジの石油施設の攻撃を実行したなどとしており、今…[続きを読む]

PR情報

PR注目情報

注目コンテンツ