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08月20日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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長崎への原爆投下

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  • 広島・長崎への原爆投下(2013年08月08日 朝刊)

    太平洋戦争末期の1945年8月6日、米軍は広島市に世界初のウラン原爆を投下。爆心地から2キロ以内がほぼ全壊・全焼、同年末までに14万人が死亡したとされる。米軍は同月9日、長崎市にプルトニウム原爆を投下。約1万3千戸が全壊・全焼し、同年末までの死者は7万4千人と推定されている。厚労省によると、今年3月末現在、国が発行する被爆者健康手帳を持つ人は20万1779人で、平均年齢は78.8歳。

  • 広島と長崎への原爆投下(2015年06月07日 朝刊)

    終戦直前の1945年8月6日に広島へウラン型原爆「リトルボーイ」(約4トン)、同9日に長崎へプルトニウム型原爆「ファットマン」(約4.5トン)が米軍のB29爆撃機から投下された。年末までに広島で約14万人、長崎で約7万4千人が死亡。生き延びた人も放射線被害に苦しんだ。被爆者健康手帳を交付された人は昨年3月末の時点で19万2719人。がんなどの病気が原爆放射線によって発症した「原爆症」と認められれば、国が医療費を全額負担する。しかし、認定数は9千人ほどにとどまり、今も各地で認定を求める訴訟が続いている。

  • ポツダム宣言(2015年06月28日 朝刊)

    第2次世界大戦末期の1945年7月26日、米英中が日本に対し、降伏を求めるポツダム宣言の文書を出した。当時の日本政府はすぐには受け入れず、広島・長崎への原爆投下、ソ連の宣戦布告の後、8月14日に受諾を決定。翌15日、昭和天皇の「玉音放送」が日本の敗戦を伝えた。宣言は全13項。1〜5項で、米英中は宣言の即時受け入れを迫る。後半は、連合国が敗戦後の日本を占領すること(7項)や、日本の軍隊が完全な武装解除をすること(9項)、基本的人権を確立すること(10項)などが列記されている。無条件降伏の要求は最後の13項にある。今国会で焦点となったのは日本の戦争行為を「世界征服の挙に出つるの過誤」と断じた6項。現在も右派識者などから「世界征服のための戦争ではなかった」と異論が出るが、首相は「同項を含めて、政府はポツダム宣言を受諾した」と語った。

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