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引き揚げ、母の実家のある京都へ戻った。ソ連軍の捕虜になった父親は47年1月に復員した。 朝鮮半島北部は旧満州を拠点にした関東軍、南部は第十七方面軍の管轄になっていた。敗戦後、関東軍の武装解除は… …[続きを読む]
2025年5月30日6時0分
(百年 未来への歴史)写真は語る 1937―39年 独断専行する軍部、世界大戦へ
は停止せず、首都・南京に向けて進撃した。 満州事変の際、「独断専行」で傀儡(かいらい)国家・満州国を作り上げたのは、当時関東軍の作戦主任参謀だった石原本人だった。彼が示した前例は、中央の統制に…
2025年5月26日5時00分
今年は戦後80年 → 覚えておきたい八つの日
条湖(りゅうじょうこ)事件がありました。中国東北部(満州)の南満州鉄道の線路が爆破されました。当時、南満州鉄道は日本軍(関東軍)が守っていました。日本軍は中国軍による犯行として、軍事行動を開始…
2025年5月15日12時00分
(戦後80年)細菌戦部隊名簿、発見 旧日本軍の作戦、一端解明に期待
戦時中に生体実験などを行った旧日本軍の細菌戦部隊のうち、実態が不明だった中国・南京などの部隊の隊員名簿が、国立公文書館から研究者らに公開された。細菌戦部隊については731部隊(関東軍防疫給水…
2025年5月15日5時00分
731部隊とつながる謎の細菌戦部隊 名簿が初公開、実態解明に期待
戦時中に生体実験などを行った旧日本軍の細菌戦部隊のうち、実態が不明だった中国・南京などの部隊の隊員名簿が、国立公文書館から研究者らに公開された。細菌戦部隊については731部隊(関東軍防疫給水…
2025年5月14日22時14分
「謎の細菌戦部隊」にいた父は何をしたのか 足跡を追った息子の執念
捕虜らに生体実験をしたことで知られる旧日本軍の731部隊(関東軍防疫給水部)と同様の細菌戦部隊が、日中戦争の間に中国各地に存在していた。南京を拠点とした「1644部隊(中支那防疫給水部)」も…
2025年5月14日22時12分
共産主義革命を恐れた80年前の日本 なぜ、ソ連を頼ったのか
重要です。日本の終戦における決定的な影響について総合的に考える必要があると思います。 なお、日本は千島列島の占守島などに関東軍の精鋭を配備していました。ソ連だけでなく、米国による侵攻も予想され…
2025年5月14日17時00分
(百年 未来への歴史)写真は語る 1930―33年 「問答無用」テロの時代
大陸では31年9月18日、奉天(現・瀋陽)郊外の柳条湖で鉄道が爆破されたのを引き金に、「満州事変」が起きた。爆破事件は関東軍の自作自演だった。同軍参謀の石原莞爾らは東京・参謀本部の不拡大方針…
2025年3月31日5時00分
(百年 未来への歴史)写真は語る 1926―29年 謀略から始まった、激動の昭和
矢先のことだった。 日本の陸軍当局は、「南軍便衣隊(蒋介石側のゲリラ)の犯行」と説明した。だが、首謀者は対中国の強硬派、関東軍高級参謀の河本大作だった。事件に乗じ、中国東北部の支配を強める意図…
2025年2月23日5時00分
(歴史のダイヤグラム)市川房枝、戦時下の中国へ 原武史
京を発ち、まず京都に向かった。乗ったのは東京午前9時発、京都午後4時25分着の特急「つばめ」だったと思われる。京都では元関東軍参謀で第16師団長の石原莞爾に会い、中国について意見をきいた。一般…
2025年2月22日3時30分
戒厳に連なる韓国の権威主義 思想支えた哲学者の源流は日本にあった
主義を象徴している朴正熙(パクチョンヒ)元大統領(1917~79)が帝国日本の体制下で満州国陸軍軍官学校を首席で卒業し、関東軍の将校として務めた歴史的な事実を想起すると、ただのひとごとではなく…
2025年1月16日12時00分
(にじいろの議)非常戒厳招いた韓国の権威主義 支えた思想、日本に源流 郭旻錫
主義を象徴している朴正熙(パクチョンヒ)元大統領(1917~79)が帝国日本の体制下で満州国陸軍軍官学校を首席で卒業し、関東軍の将校として務めた歴史的な事実を想起すると、ただのひとごとではなく…
2025年1月15日16時30分
今年は昭和100年 → 日本の100年を振り返ると?
というのは、その戦闘を戦争と呼ぶと国際法上問題になるため、戦争の代わりに使った表現です。中国東北部に駐留していた日本軍(関東軍)が南満州鉄道の線路を爆破し、それを中国軍のしわざとして攻め込み、…
2025年1月10日7時30分
珍しいプーチン氏の謝罪、もう一つあった 高官の投稿に関係国が激怒
件での戦勝85年を記念する式典への出席を理由としていました。モンゴルと当時の満州の国境紛争に乗じて総攻撃をしかけた日本の関東軍が、モンゴルを支援したソ連軍に敗北した事件です。 プーチン氏はモン…
2024年10月1日14時05分
ロシアでの位置づけなお揺れる「軍国主義日本に対する戦勝記念日」
ことを伝えた。 そんな動向を象徴するのが、ほかならぬプーチン大統領である。9月3日は訪問先のモンゴルで、旧ソ連軍と日本の関東軍が衝突したノモンハン事件から85年の記念式典に出席した。しかし、モ…
2024年9月27日11時30分
柳条湖事件93年、中国で式典
式典は毎年開かれており、事件から90年の節目だった2021年は趙楽際(チャオローチー)・政治局常務委員が来場していた。 満州事変は1931年9月18日、日本の関東軍が奉天(現在の瀋陽)郊外で…
2024年9月19日5時00分
柳条湖事件から93年、中国・瀋陽で式典 深圳の事件の報道はなし
式典は毎年開かれており、事件から90年の節目だった2021年は趙楽際(チャオローチー)・政治局常務委員が来場していた。 満州事変は1931年9月18日、日本の関東軍が奉天(現在の瀋陽)郊外で…
2024年9月18日17時30分
宮沢賢治と石原莞爾 2人が夢見たユートピア 明大の岩野教授に聞く
【岩手】北東北の詩人・宮沢賢治と、満州事変の首謀者とされる関東軍の参謀・石原莞爾。詩人と軍人という対極的にも見える2人には、いくつもの共通点が存在している。その共通点と差異について、明治大学…
2024年9月13日10時45分
「集団自決」の悲劇、繰り返さぬように 中野で満州開拓団の慰霊法要
山市、木島平村などから700人以上が開拓団として入植し、「高社郷開拓団」と呼ばれた。1945年8月9日に旧ソ連が侵攻し、関東軍から取り残された開拓団は、ソ連軍の攻撃などに遭い、逃避行の末、「集…
2024年8月28日11時00分
幣原喜重郎が危ぶんだ「人心の傾向」 進まぬ対中外交、足元の強硬論
治家が「外交を政争の具にする」ことは、「国民を迷わし、国家を毒する」と戒めた。 だが、皮肉にも、幣原が再び外相に就くと、関東軍の独走で満州事変が勃発。内閣は倒れ、外相を離れた。 一方、幣原の協…
2024年8月16日11時00分
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