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08月19日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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阪神大震災

■阪神大震災24年

【動画】阪神・淡路大震災から24年を迎えた「1・17の集い」(2019/01/17)

6434人が犠牲になった阪神・淡路大震災は17日、発生から24年となった。地震発生時刻の午前5時46分、各地で多くの人が犠牲者を悼み、祈りを捧げた。[続きを読む]

最新ニュース

祈りの朝

【動画】阪神大震災当時や支援活動について語る光明寺の山西昭義住職と長男の優さん(2019/01/17)

震災前日、光明寺住職の山西昭義さんの姉が赤ちゃんを抱いて寺に戻ってきた。翌未明、震度7。生き埋めになり自力で抜け出した山西さん。がれきの中で見つかったのは、赤ちゃんを抱きしめていた姉だった。[続きを読む]

写真・図版

「うっさい」震災前日、おかんと最後の会話 家族得た今有料会員限定記事 (2019/1/16)

もっと優しくしてやれなかったか――。24年前、阪神・淡路大震災で母親を失った兵庫県尼崎市の会社員、藤原雄大(たかひろ)さん(49)は、長く後悔を引きずってきた。だが、結婚して自分も親になり、ようやく心に一区切りを付けられた。「震災があった…[続きを読む]

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■阪神大震災23年

【スライドショー】阪神・淡路大震災から23年(2018/1/17)

 阪神・淡路大震災の被災地は17日、発生から23年を迎えた。6434人の犠牲者を悼む行事が各地で開かれた。

連載「助かった その先に」

震災23年、傷は今も

インフォ

※写真押すと大きな画像が表示されます。

■阪神大震災22年

【スライドショー】阪神大震災22年「歴史にはできない」(2017/1/17)

 6434人が亡くなった阪神・淡路大震災は17日、発生から22年を迎え、各地で犠牲者を悼んだ。[続きを読む]

あの日に生まれて

震災22年の祈り

連載「我がことに」

写真・図版

(阪神大震災22年)震災遺構、無言の語り部 (2017/1/17)有料会員限定記事

災害の記憶をとどめる「遺構」が阪神・淡路大震災や新潟県中越地震、東日本大震災などの被災地に残る。断層の痕跡や傷ついた建築物などだ。復旧が続く熊本地震の被災地でも、地元自治体が断層の一部などの保存を決めた。失われた命や暮らしを伝える語り部と…[続きを読む]

■阪神大震災21年

  • 追悼のかたち、節目過ぎ転機

    震災発生から20年の節目を過ぎ、追悼行事は「改革」を巡り意見が割れたり、行事そのものを取りやめたりする動きも。被災者らの支援団体では代表者が代わるなど、それぞれが転機を迎えた。追悼式当日の模様や、祈りを捧げる人々を記者が追いました。

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連載「あのとき10代だった」

  • あのときをはっきり覚えている。でも10代の自分にできることは、少なかった――。そんな世代にとっての阪神・淡路大震災と、それからをたどります。記事を読んで共感した読者からの反響もありました。【全6回+番外編】

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あの人と震災

災害大国

  • 阪神の経験・教訓「生きた」

    阪神・淡路大震災で被災した自治体から、東日本大震災の被災自治体へ中長期派遣された職員を対象に、朝日新聞が支援活動に関するアンケートを実施したところ、阪神大震災の経験や教訓を生かせたと答えた職員が回答者の5割を超えました。

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阪神大震災20年

阪神・淡路大震災20年を機に、朝日新聞社のカメラマンや記者が撮影した被災直後の街や人々の写真を公開しました。

東灘区 灘区 兵庫区 長田区 須磨区 中央区 尼崎市 西宮市 芦屋市 伊丹市 宝塚市 淡路市 此花区 西区・生野区

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阪神大震災20年「レンズの記憶」の写真は、朝日新聞フォトアーカイブでご購入いただけますコチラ

遺族調査特集ページへ

朝日新聞社・関西学院大、意識調査震災20年 遺族「亡き家族、今も恋しい」

 阪神大震災で犠牲になった人のうち、倒壊した家屋の下敷きになるなど「直接死」した犠牲者5454人の遺族に、朝日新聞社と関西学院大人間福祉学部は心の復興について尋ねる意識調査をした。今も故人への強い思慕の念が続き、生き残ったことへの罪責感を抱いている実態が浮かび上がった。[続きを読む]

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