メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

09月15日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

新着記事一覧へ

雲仙市

関連キーワード

  • 釜山の射撃場火災(2010年11月09日 朝刊)

    2009年11月14日、韓国・釜山市の繁華街にある室内射撃場で、残っていた火薬に射撃の火花が引火して燃え広がり、長崎、福岡からの観光客10人や韓国人ガイドら計15人が死亡し、中学の同級生8人と一緒に来ていた長崎県雲仙市の笠原勝さん(38)が大やけどを負った。釜山市は特別条例を作り、被害者の遺族らに補償金を支払った。釜山地裁は今年6月、射撃場の掃除をしなかったなどとして経営者と管理人に、業務上過失致死傷の罪で禁固3年(求刑禁固4年)の実刑判決を言い渡した。被告、検察双方とも控訴している。

  • 千々石ミゲル(2017年06月11日 朝刊)

    1569年ごろ、キリシタン大名の大村純忠の弟の子として、今の雲仙市千々石町で生まれた。南島原・有馬にあったキリスト教イエズス会の神学校セミナリヨで学ぶ。13歳ごろ、伊東マンショ、原マルチノ、中浦ジュリアンとともにローマへ向けて長崎を出航。ローマ法王に謁見(えっけん)するなどして、8年後に帰国した。その後、イエズス会を脱会し、大村藩に仕官。清左衛門と名を改め、伊木力村(今の諫早市多良見町西部)などを治めた。1606年にキリスト教を棄教したが、弾圧を受け、大村から有馬へ、さらに長崎へ移住したとされる。「墓と思われる石碑」には、1633年に死去したと刻まれている。

  • 千々石ミゲル(2017年06月11日 朝刊)

    1569年ごろ、キリシタン大名の大村純忠の弟の子として、今の雲仙市千々石町で生まれた。南島原・有馬にあったキリスト教イエズス会の神学校セミナリヨで学ぶ。13歳ごろ、伊東マンショ、原マルチノ、中浦ジュリアンとともにローマへ向けて長崎を出航。ローマ法王に謁見(えっけん)するなどして、8年後に帰国した。その後、イエズス会を脱会し、大村藩に仕官。清左衛門と名を改め、伊木力村(今の諫早市多良見町西部)などを治めた。1606年にキリスト教を棄教したが、弾圧を受け、大村から有馬へ、さらに長崎へ移住したとされる。「墓と思われる石碑」には、1633年に死去したと刻まれている。

最新ニュース

写真・図版

長崎)ラグビー・スコットランド代表を合唱で歓迎しよう(2019/9/4)有料記事

 ラグビーワールドカップの開幕前に長崎市でキャンプを行うスコットランド代表チームを、市民1千人で歌って歓迎しようと計画している市民団体が3日、JR長崎駅前の広場で練習の成果を披露し、仲間入りを呼びかけ…[続きを読む]

PR情報

PR注目情報

注目コンテンツ