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09月16日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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鳥取城

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  • 鳥取城(2014年10月24日 朝刊)

    1545(天文14)年ごろ、因幡の山名氏か西隣の但馬を支配した山名氏によって久松山に築かれた。1581(天正9)年、羽柴秀吉による兵糧攻めで落城後、配下の宮部継潤が入った。1600(慶長5)年の関ケ原の合戦以降、徳川氏についた池田氏が城主となり、江戸時代初め、光政が城と城下町を大改修した。山頂に天守があったが、1692(元禄5)年、落雷で焼失し、再建されなかった。明治維新後、建造物の大部分が撤去された。(市教委作成のパンフレットなどから)

  • 旧岡崎邸(2009年10月15日 朝刊)

    1835(天保6)年の建築とされる。鳥取城下に残る数少ない江戸時代の建物で、母屋は杉の木肌を見せた面皮柱など高い建築技術が随所に見られる。鳥取藩の財政を立て直した岡崎平内可之や初代鳥取市長の岡崎平内可観、日本初の女性弁護士となった中田正子も住んでいた。

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