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2012年12月21日
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ペダルまかせ 〜自転車のある生活〜

なぜ私は自転車に乗るのか〈最終回〉

文と写真:三浦 壮介

写真:走るのはつらい。走りながら「なぜ私は走っているのだろう」などと考えることもある(国道最高地点を通る渋峠で)拡大走るのはつらい。走りながら「なぜ私は走っているのだろう」などと考えることもある(国道最高地点を通る渋峠で)

写真:古い峠道などをのんびり走るのも一興だ(伊豆天城峠で)拡大古い峠道などをのんびり走るのも一興だ(伊豆天城峠で)

写真:景色の良いところなどでは、すぐに一休み。この小回りが利くのが楽しい(三浦半島観音崎で)拡大景色の良いところなどでは、すぐに一休み。この小回りが利くのが楽しい(三浦半島観音崎で)

 有酸素運動だからメタボに効果があり心肺機能が強くなる。体が締まってダイエットになる。血流改善は消化器系、内分泌系機能を好転させ、心因性の消化不良などにも効果がある。毛細血管まで血流が良くなり美肌効果がある・・・などなど、自転車の効能がいわれる。

若さと美貌のもと?

 しかも雑誌などでは、すらりとした筋肉質の若い男性や美しい女性モデルがほほ笑んでいる。読んでいると自転車に乗っていれば若さと美貌を手に入れることができ、永遠に死なないような気分さえしてくる。

 でも、私が自転車に乗っている理由は、どうもそんなどれとも違うようだ。子供のころから運動が苦手で、野球をすれば空振りトンネル。バスケットは足と手のリズムが合わず、卓球もテニスもうまくゆかず、いつの間にかスポーツは見るのもするのもあまり好きでなくなっていた。(そのかわりに机に向かって勉強していたわけではないのが苦しいところだが・・・)

 なのに、50歳に手の届くころから始めた自転車は別だった。つらくもあり苦しくもあるのだが、今も走り続けている。自分でも不思議な現象だ。しみじみ考えてみたら私にとっての自転車はスポーツとは別のもののようだ。なぜ飽きずに続いているのか、立ち止まって考えてみた。

肉体の拡張

 人が移動する手段は、肉体に頼るか車や電車などを使うかだ。その中で自転車はかなり特殊な位置にある。肉体だけを頼りにしながらも、道具を介することで歩いたり走ったりより飛躍的に行動範囲が広がる。いわば肉体の拡張ともいえる。このあたりが私が自転車にひかれる大きな理由の一つだろう。

 自転車に乗っていると風の香りや、わずかな起伏、微妙な季節の変化や日差しの違い、土地々々の歴史が発する気配や時間の堆積のようなものを感じることができる。屋内でウダウダしている時と違い、肉体の感覚はいやでも鋭敏になる。車や飛行機ではこうはいかない。

 物理学者の寺田寅彦氏の言葉を思い出す。

 「いわゆる頭のいい人は、いわば足のはやい旅人のようなものである。人より先に人のまだ行かない所へ行き着くこともできる代わりに、途中の道ばたあるいはちょっとしたわき道にある肝心なものを見落とす恐れがある」

玄関先の非日常

 ジャージーと専用パンツ、ヘルメットにサングラスを着けると、気持ちは非日常の世界へ瞬時に飛躍する。玄関を一歩出れば、いつも見慣れた静的な風景が別な色彩を帯びて見えて来る。

 スポーツは総じて非日常的なものだが、大方のそれはグラウンドやコートやトラックに行かねばならないし、相手や仲間を必要とする。始めるまでにいささかの手順が必要だ。ところが自転車は自分1人でごく気楽に始められる。日常のすぐ隣に非日常の世界が広がっているのが自転車なのだ。

走るのは苦しい

 ところで5時間も6時間もサドルにまたがっているときに、いったい人は何を考えているのだろう。苦しくて何も考えられないというのはうそだが、かといって系統だった思考ができるわけではない。トラックなどにあおられれば思考どころではない。

 かなりひらめいたと思った瞬間があっても、坂道でハッ、ハッと吐く息とともに内容は忘れ去る。まあ、一番頻繁に思うことは、「苦しい、なんでこんなことをしているのだろう」、「目的地まであとどのくらいだろう」という二つのこと。そういう意味では世俗の煩わしい雑事はしばし忘れる。

むなしくとも愚かな行為ではない

 峠越えをしている時など本当に苦しいのだが、そんな時マラソンを人生の一部としている作家のある一文が私の背中を押す。

 「苦しいからこそ、その苦しさを通過していくことをあえて求めるからこそ、自分が生きているというたしかな実感を、少なくともその一端を、僕らはその過程に見いだすことができるのだ」

 「・・・結局のところ、僕らにとって最も大事なものごとは、ほとんどの場合、眼には見えない(しかし心では感じられる)何かなのだ。そして本当に価値あるものごとは往々にして、効率の悪い営為を通してしか獲得できないものなのだ。たとえむなしい行為であったとしてもそれは決して愚かな行為ではないはずだ」(村上春樹氏の『走ることについて語るときに僕の語ること』から)

 と、時に理屈を言ってはみても、出掛ければ好奇心まかせ、その土地の食べ物とか名所旧跡などが気にかかる。温泉も大好きだ。その物見遊山的なブラブラがまた楽しい。

わずかだが進化?

 意気地なしの私は冬の間は自転車に乗らない。そこで数年前から冬の間体力が落ちないようにと、週に数回フィットネスジムに通いストレッチや自転車こぎを始めた。結局、冬だけでなく1年通して通っている。付属のサウナやジャグジー風呂が気に入ったこともあり、これはこれで楽しくなりつつある。

 おかげで冬の間に体力が落ちるということはなくなった。人間の体というのは思ったよりも良くできているもので50を過ぎても60を過ぎても、工夫次第で体力の低下を防げるばかりでない、わずかだが進化させられそうだと知った。年齢で自らの心の中に限界を作ってはいけませんぞ、ご同輩。

心の中の壁を破る

 最初に自転車に乗り出したころは、1日に100km走ることなど信じられない距離だった。MTBに乗っていた頃は、街中や里山などを50kmも走れば満足していた。ロードに乗るようになっても100kmというのは別世界のことと思っていた。

 ある時それはどんなものかという好奇心から、横須賀から小田原往復の100kmに挑戦した。意外とあっさりと走れてしまった。少し自分が誇らしいような気分すらした。

 考えてみれば時速20km(十分にゆっくりだ)で走れば、5時間で100km走る。激坂でもない限り根気次第、おやじでも可能な数字だ。つまり、壁は肉体にではなく「私には無理だろう」と、あきらめていた私の心の中にあったのだ。

もっと早く知りたかった

 一度ある壁を越えてしまえば、それはもはや壁ではなくなる。それ以降は100kmという距離に抵抗はなくなった。箱根峠のような坂道でも同じことだった。

 ひるがえって考えてみると、自転車ばかりでなく仕事でも人間関係でも、壁は現実としてそこにあるのでなく、自ら心の中に限界を作ってしまっていることが多いようだ。来し方を振り返ってみると、思い当たることが少なからずある。このことにもっと若い時に気が付いていれば、私の人生の風景も少し変わっていたかもしれない・・・。

     ◆

 今回で「ペダルまかせ」を終了させていただきます。長い間のご愛読ありがとうございました。

プロフィール

三浦 壮介(みうら そうすけ)
 50歳に手が届くころから始めた自転車遊び。居住する湘南をふらりと流したり古い街道を走ったりして楽しんでいるが、このところ輪行で秘湯や味わい深い温泉を訪ねることがマイブーム。でも向かい風とのぼり坂はあまり好きでない。
 「自分の一生で今が一番若い。今できることを今やろう」、が最近の信条。自転車は敷居は低いが奥行きは深い。気ままに楽しんで気分転換。元マスコミ勤務の176cm、1946年生まれ。目指すは“定年の達人”。

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