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城の現代史

[24]清須城 大天守閣、誇張にあらず

2010年10月12日

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写真:再建された「清洲城天主閣」拡大再建された「清洲城天主閣」

地図:  拡大  

 尾張統一をめざした織田信長は弘治元(1555)年、那古野城(名古屋市)から清須城(愛知県清須市)に本拠を移す。

 清須は室町時代以降、尾張国の守護職・斯波氏が守護所(館)を置き、政治・経済の中心地として栄えた。信長の在城期間は、小牧山に移るまでの8年間。天下取りの起点となった桶狭間の戦いも、ここから出撃している。

 天正10(1582)年に信長が本能寺で討たれると、後継・領地分配を決める「清須会議」が開かれ、清須城には信長の次男信雄が入る。

 信雄は4年後、清須城を大改修する…

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