文:越智 隆治
2011年5月26日
|
|
|
南半球にあるトンガ王国には、毎年7月から10月(現地の乾期)にかけて、南極海から北上してきたザトウクジラたちが、出産、子育て、交尾を行うことで知られている。
ホエールウオッチングは、多くの国で厳しいルールによって規制されていて、海中に入って泳ぐことは禁じられている。しかし、ここトンガでは、国からの許可を得ることができた現地オペレーターが、観光客へのホエールスイミングを行っている。
元々は日本と同じように、伝統漁法でクジラを捕獲して食べていたトンガだが、オーストラリアやニュージーランドなど、捕鯨反対国の圧力で、1970年代に捕鯨を禁止した。その代わりに、ホエールスイミングを行うことで、観光資源としての利益を求めることになったわけだ。
HPから見つけたある記載によると、200年くらい前にはトンガ近海で7000頭近くものザトウクジラが見られたそうだが、1900年代に入ってからは捕鯨船が乱獲したために、1960年ごろには、15頭程度しか確認されなくなってしまったそうだ。捕鯨を禁止してからは、保護につとめ、2001年ごろの調査では、700頭程度を確認するまでに増えたと言われている。それでも、ピーク時の10分の1に過ぎない。
これほど乱獲された歴史があるにもかかわらず、この国で泳げるザトウクジラたちは、多くの場合、自分に近づいてくる人間を恐れることがない。それどころか、好奇心旺盛な子クジラなどは、こちらがのんびり水面に浮いていると、向こうから近寄ってくる。
僕は、2004年に初めてこの国の、ヴァヴァウ諸島を訪れて、ホエールスイミングを行った。それまでにも、日本のみならず、ハワイやカリブ、オーストラリアなどでザトウクジラのホエールウオッチングやスイミングを体験していたが、これほどフレンドリーなザトウクジラたちに遭遇できたのは初めてのことだった。
以後、この海のザトウクジラたちに魅せられた僕は、毎年友人のカメラマン、トニー・ウーとその奥さんのエミさんと一緒にボートをチャーターして、日本や世界各国からのゲストを募り、ホエールスイミングを開催している。
2004年から毎年記録している、クジラたちとの遭遇状況の一文をここに紹介したい。島影にクジラの親子が眠っている。よく目を凝らしても、最初は潮が引いてリーフの一部が海面に姿を現しているようにしか見えない。目印となるブローも上げず、親子して水面でじっとしている。ボートでかなり接近して初めてそれが親子の背中だとわかる。「まじで、こんな島の近くで休んでるんだ」そう声に出して驚かずにはいられないほど近い。島からわずか100m弱。島から泳いだとしても、十分にクジラを見られてしまいそうだ。
ゆっくりとボートを近づける。距離50m、まだクジラたちは微動だにしない。ボートの脇から、全員が海の中へ。先頭を行くガイド役の僕は、クジラに背を向け、皆が海に入るのを確認し、全員がそろったところで、同じペースでゆっくりとクジラたちに向かって泳ぎだす。クジラの方を振り返り、背中の位置を確認するために海中に顔をつける。海中でのクジラの輪郭がどんどんはっきりしてきた。顔の表情もはっきり読み取れる距離まできた。母も子も目を閉じている。大抵は接近すると、巨大で印象的なまなざしで、じっと見つめられるため、さらに緊張が走るのだが、この親子はどうやら完全に眠っているようだった。
僕はさらに大胆に接近する。ゲストは恐る恐る僕からも距離を取り始める。母親の口先がもう触れるくらいの距離。これが凶暴な動物であったなら、きっとあっという間に一飲みにされているだろう。否、凶暴で無いにしても、これだけ巨大だと、いつ押しつぶされてもおかしくない。そんな距離だ。僕はまるで恐竜映画でも撮影しているかのような気分になった。 しかし、カメラマンというものは、カメラのファインダーをのぞいていると、常軌を逸したかのように大胆になる。静かに水面に浮遊しながらシャッターを切り続けた。
最初は正面から、そして母親側の側面に回りこみ、 斜め横前方から…、母クジラは、まだ目を開かない。すでに僕の身体は母親の胸鰭(びれ)の中にある。彼女が動けば間違いなくぶつかってしまいそうだ。何かの拍子に、母親が目を覚まし、僕と目が合った。 その瞬間、彼女は巨体を水中に沈め、子供とともに移動を始めた。僕は一瞬怯んだが、すでにどうすることもできない。後はシャッターを切り続けるだけだった。 足元を3mもある巨大なムナビレが通過していく。ジェット機の主翼のような惚れ惚れする形をしている。「かっこいい」僕は恐怖心も忘れて、泳ぎ去る親子を眺めていた。尾びれが僕の目の前に現れて、身体全身がぶわっと水流に包み込まれて我に返った。
毎日がこうしたクジラたちとの遭遇の連続。もちろん、コンディションや、運にも左右されるが、2005年から2010年までの6年間で、のべ300人のゲストをガイドしてきたが、水中でのクジラとの遭遇率は100%を維持している。これは、驚異的な確率と言える。
2011年の今年も、8月から9月にかけてボートをチャーターして、この地でのホエールスイミングを開催する。
トンガのヴァヴァウ諸島までは、日本からニュージーランド航空でオークランドに入り、そこからトンガ王国の首都、トンガタプへ飛ぶ。その後、トンガ国内線でヴァヴァウ諸島へは、約1時間前後のフライトだ。フライトのアクセスは悪く、日本を出発して、オークランドに着くのが翌朝で、ここで1泊して翌早朝のフライトでトンガに入るため、現地に着けるのは、土曜日に出発しても、月曜日の昼過ぎになる。ホエールスイミングは火曜日から、金曜日までの4日間行って、その日の午後のフライトで、トンガタプへ移動。土曜日の朝のフライトでオークランドに戻り、そのまま朝の成田行きに乗り継いで帰国。
トンガは敬虔(けいけん)なクリスチャンの国で、日曜日の交通機関の運行は、まったく行っていない。そのため、日曜日のフライトは、国内線国際線ともに、まったく無いという不便さがある。
水中写真家 (株)United Oceans 代表。65年、神奈川県生まれ、千葉県浦安市在住。98年に新聞社写真記者から独立後、国内外のダイビング雑誌で活動。主にイルカやクジラ、アシカなどの大型の海洋ほ乳類をテーマに、世界各国の海で撮影を行っている。05年より、アンダーウォーターウエッブマガジン、WEB-LUE主催。個人のHP、INTO THE BLUEでは、海洋ほ乳類などと泳ぐ、スペシャルトリップを企画。ミクロネシア、ヤップ州観光局日本PR担当。特定非営利活動法人OWS理事。著書多数。
200系新幹線や近畿地区の183系、東海地区の117系など、さまざまな国鉄型車両が引退する…
詳細は鉄道コムでご覧ください。