地球規模の課題解決に最前線で取り組む人たちに、with Planetの竹下由佳編集長がその思いを聞きます。今回は、UNDPで気候変動対策のために各国政府と調整を重ねる山角恵理さんです。

2015年に採択された「パリ協定」は、産業革命前からの気温上昇を1.5度に抑える努力を目標に掲げる。その達成に向け、全ての締約国が温室効果ガスの排出削減目標を「国が決定する貢献(Nationally Determined Contributions:NDC)」として5年ごとに提出・更新する義務を負っている。

各国のNDCの策定をサポートし、地球温暖化対策を話し合う国連気候変動会議での交渉の分析や調査などを担っているのが、国連開発計画(UNDP)の気候変動プログラム専門官・山角恵理さん(35)だ。地球温暖化に歯止めをかけるため、各国は足並みをそろえられるのか。そして、私たち一人ひとりができることは? 山角さんに聞いた。

気候変動は「一人でもこけてしまうと前に進めないようなレース」

――山角さんは主に開発途上国のNDCの策定を支援してきたそうですが、具体的にはどのようなサポートをしているのでしょうか?

NDCは、各国が温室効果ガスの排出削減目標やそれに関する計画、実現のための政策を策定するものです。基本的にUNDPにサポートしてくださいと依頼があった国を支援します。現在は、UNDPの「気候の約束イニシアチブ」を通して127カ国の支援をしています。

事情は国によって本当に違います。例えば南米のチリは、開発途上国の中では比較的開発が進んでいるのですが、それでも気候変動対策の財源に課題を抱えていました。NDCを策定し、うまく計画を立てたとしても、お金がなければ前に進めないのではないか、と話し合いました。

彼らはまず金融政策を優先することとし、環境省や財務省などの省庁とともに、どのセクターなら変革をしていけるかを決め、環境公共支出を分析。その情報を投資家や一般市民に公開した上で債券(グリーンボンド)を発行するという、計画的な資金調達方法を考えました。その上でNDCを提出したのです。

南太平洋の島嶼(とうしょ)国・パプアニューギニアは、国土のおよそ78%が森林です。彼らにとっては、削減目標を提出することは、森林の伐採を減らすことに直結します。彼らの経済は森林を使うことで成り立っている部分もあるので、すなわち彼らの収入も減ることになります。そのため、専門家とともに森林を保全しながらも、農村部の生活や経済を支える方法を考えていかないといけません。その難しい利害関係を調整して、NDCを提出したのです。

島嶼国・パプアニューギニア=UNDP Papua New Guinea提供

――2022年11月には、山角さんも関わっていた国連の気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)がエジプトであり、開発途上国が求めていた温暖化による「損失と被害」を支援する基金の創設で合意しました。一方で、合意までは先進国と途上国の隔たりも注目されましたが、山角さんはこの気候変動対策における両者の「隔たり」をどう見ていますか?

「先進国と途上国」といっても、国によって立場は本当に異なります。

さらに、「途上国」も分類によっては、本当に緊急支援の必要な脆弱(ぜいじゃく)な国々もあれば、排出量の多い国や産油国、工業国もあり、ひとくくりにはできません。

「隔たり」と言えばその通りかもしれません。異なる立場の国々がどうやって一緒に前に進んでいくかという課題が浮き彫りになったと思います。

それでも、徹夜で交渉し、日程もずれこみながらもなんとか合意しました。私はこの状況はまるで、子どもの頃に運動会で見た、横並びで足をひもでつなぎ、チーム全員で走る「30人31脚」のようだと思いました。

一人がこけてしまうと全員がこけてしまいます。一人が動かないと全員が前に進めません。気候変動の問題も同じで、一人でもこけてしまうと前に進めないようなレースをこれまで少しずつだけれども進んで来たと思います。あとはスピードが足りないだけで、みんなが正しい方向に、どうやって動くかもわかってきている状況だと思っています。

もちろんすべての点において全員の足並みがそろっているかというと、そうではありません。まだまだ話し合いは必要です。話し合いのスピードも上げなければなりません。ですが、「もうレースに出ない」というわけではなく、全員が「どうやったら前に進めるか」をそれぞれが考えていることが感じられたと思っています。

エジプト・シャルムエルシェイクで開かれたCOP27に臨んだ山角さん=2022年11月、本人提供

――NDCの策定支援などを通じて、開発途上国の声に向き合ってきたからこそ見えてきた解決への道筋はありますか?

開発途上国の人々は、自分たちにとって気候変動の問題がどれだけ重要なものかがわかっているので、高い目標を掲げた野心的なNDCを提出している国が多いと感じます。しかし、彼らは必ずしもそれを実施するだけの政治力や財源を持っていないこともあります。だから、野心的なNDCを提出した国を評価し、必ずサポートができるようなシステムがあればと思っています。

解決への道筋で期待できることというと、現時点で先進国を含め165カ国が更新したNDCを提出しています。これだけの国が自分たちの意志で目標を策定していることは、これから社会が変わっていく流れにつながるのではないでしょうか。

コソボの環境相と会議をする山角さん(右端)=2022年11月、本人提供

「気候危機」を行動につなげるために

――先進国である日本では、気候変動に対して「行動を起こさずとも生きていける」現状もあるように感じています。一人ひとりが気候変動に向き合い、行動を起こすためには何が必要でしょうか?

先進国・日本に生きる人は、本当に行動を起こさずとも生きていけるのでしょうか。これからどんどん環境が変わっていきますし、島国の日本は様々な国に頼って生きています。

周辺国で難民が生まれるかもしれませんし、経済にも影響があるでしょう。だから、この「気候危機」をより多くの人が自分のこととして、自分の家族のこととして、または次の世代のこととして感じたり、考えたりするようになれば本当にいいなと思っています

「今日行動を起こさずとも生きていける」ではなく、「今日動けば、もっと明日がよくなる」と思えるようになってくれたらいいと思い、日々仕事をしています。

日本に関して、注目したいことがあります。UNDPがイギリスのオックスフォード大学と、世界の人口の過半数を占める50カ国で実施した世論調査で、日本は79%の人が気候変動を「危機」と認識していました。これはイギリス、イタリアに次いで、3番目に高い認識率で、危機感がほぼ一般に浸透していると言える数値です。

――気候変動について多くの人が「危機」だと感じていても、「自分には何ができるのか」までつながっていない現状はあると思います。どう行動につなげられるのでしょうか?

大事なことは、二つあると思います。

日本では2018年に「気候変動適応法」が施行されていますし、しっかりとした政治のプロセスがあります。まず大切なのは、この政治プロセスや気候政策を自分たちのものとするために、選挙における自分の「一票」や声を上げる機会を大事にするということだと思います。

自分の国の政策に関心を持って、選挙の際には自分たちも政策決定に関係していると理解して、一票を投じるということがすごく大事だと思っています。

もう一つは、一人ひとりの行動です。私たちの持っているお金も「一票」と似ています。「今日このお金で何を買うか」という判断は、企業へのシグナルになります。環境や社会公正に配慮した「サステイナブル」な商品を選ぶことや、移動手段、エネルギー源などの選択も。自分の行動はすべてが社会を作っている一部ですから、どんな小さなことでも一人ひとりの行動の積み重ねが何よりも大事なのです。

この一人ひとりの行動と、国レベルの気候変動の政策はどちらも並行して行わなければなりません。

日本は2023年、主要7カ国(G7)の議長国です。また、「気候の約束イニシアチブ」への最大の支援国のひとつでもあります。国民の気候変動に対する認識度が高く、地震や津波などの自然災害も乗り越えてきました。企業の経済力も強く、技術も有しています。

こんなにもたくさんの「材料」を持つ国は、世界を見渡してもなかなかありません。なので、日本にはどんどんリーダーシップを発揮してほしいと思っています。人々の声によって政治が動くことを、すごく期待しています。

日本では「政治離れ」と言われることがあるかも知れませんが、社会の中に、こんなにもしっかりとした素地があるので、それを活かさないのはもったいない。ぜひうまく政治につなげていってほしいと思います。

〈やますみ・えり〉

1987年生まれ、兵庫県芦屋市出身。同志社大学経済学部卒、イギリス・マンチェスター大学開発学修士号修得。外務省・専門調査員(在ウガンダ大使館)、G7伊勢志摩サミット・外務大臣会合準備事務局・専門員を経て、2016年からUNDPに勤務。ケニア事務所、本部・対外関係アドボカシー局などを経て、2020年1月から現職の総裁室・気候変動プログラム専門官として気候変動と政府間プロセスに従事。