内戦と紛争が残した痛みを乗り越えて経済発展を続けるカンボジア。一方で、都市部と農村部の格差は広がり、教育や雇用といった様々な社会課題も指摘されています。そんなカンボジアでホテルを経営し、地元の人々と共に働く吉川舞さん(38)は、経済発展という大きな流れの中で小さな岩のようにたくましい人々に出会いました。彼らの「生きる力」が教えてくれた、これからの社会や経済のあり方についてつづります。

「人生の師」たちとの出会い

「ホテル」というとても不思議な舞台で仕事をさせていただいている。

カンボジア中部のコンポントムという町にある小さなホテルを、新型コロナの感染が拡大した頃引き継いだ。世界遺産でもあるサンボー・プレイ・クック遺跡群の最寄りの町にあるホテルだ。遺跡を包む森を思わせるホテルの庭に身を置き、地元で生まれ育った人たちとチームを組んで働く。そしてここを訪れ、旅立っていくお客様とチームとの間で生まれる出来事を見ながら毎日思う。「多様な命が生み出す世界は何て美しいんだろう」と。

古代の空気をまとうサンボー・プレイ・クック遺跡

新型コロナの感染拡大が落ち着き始めた世界で、行きたい観光地の上位に挙がるカンボジアの魅力は、遺跡だけではない。ここは、人間が生きることの根底にある姿を今も日常の暮らしの中に宿し、現代の私たちに伝えてくれる場所だ。

村の師匠の手

大学に合格して上京し、バイトも授業も生活も、一通りのことはできるし、1人でも生きられると思っていた19歳の夏。「自分の人生を何に捧げようか」と意気込んで訪れたカンボジアで出会ったのがサンボー・プレイ・クック遺跡群の周りに広がる農村地域の人たちだった。

水をくみ、薪をくべ、火をおこしてご飯を炊く。身体に染み込んだ力みのない動きで、私たちと談笑しながら作業がよどみなく進んでいく。電気、ガス、水道など、あって当たり前だと思っていたものがない状況で、動じることなくゼロからイチを作り出す人たちの背中が持つ確かさ、揺るぎなさ、美しさ。「1人でできる」と思っていた全ては、別の誰かがすでに準備をしていてくれて、私は最後のEnterボタンを押しているだけだったのだと気づいた衝撃は痛烈で、これまで学んできた「生きる」とは全く違うベクトルの「生きる」を体現する人々のもとで、それを学ばせて欲しいと思い、この村に通い始めた。あの時からずっと、この地はあらゆる種類の学びを与えてくれる人生の師である。

わきあがるような農村の人々のエネルギー

大きな流れの小さな岩

このたくましくてしなやかな時間が流れる地方農村も、別のフィルターを通すと、全く違う世界が映る。拡大を求め続ける市場経済の成長と土地に根差して循環する地域の暮らしのゆがみの中に生まれる課題は無限にあり、労働力として都市部に流出する人も多い。首都近郊の工場で働く工員の多くが農村出身者だ。何より胸が痛くなるのは、雇用がない、雇用されるための基礎学力がない、基礎学力を得るための教育がないなど、連綿と続く「ないないスパイラル」によって地域レベルで自己肯定感が下がっていくのを目の当たりにする瞬間だ。

日々の暮らしの片隅にお邪魔させてもらうと、そこにはものすごく純粋なエネルギーがある。大地を踏みしめて、そこから得られるものを自らの手でいただくという営みに宿る力は大きい。日々の作業の場面にそばにいさせてもらうだけで、その場に生まれる活力と輝きに共鳴するように、こちらも満たされていく。それなのに、農作物の価格や借り入れ、教育の話になると、その輝きが消え、眉間(みけん)のしわに悲哀がにじむ。

いま世界では、「受け継がれてきた、その土地固有の暮らしが残る場所」への注目が高まっている。しかしその一方で、その暮らしのただ中にある人たちは、資本経済にからめ取られていく。経済は悪ではない。が、時にその力は大きすぎて、押し流されていくものがたくさんある。そして、奔流が通った後にはどこかで見たことのある均質な風景が現れる。そういう時代だといって諦めてしまうには、目の前の世界は美しい。

そういう思いを胸に地域を訪ねると、大きな流れの中にある小さな岩のような人たちに出会う。彼らの一人ひとりがカンボジアの人らしい柔らかさをまといながらも、それぞれに一本筋の通った、譲らない背骨があって、しびれる。森との暮らしを守り続けようとする少数民族の青年たち、「賢人」と呼びたい村の長老など、彼らはこの時代の現実をしっかり見つめつつ、自分たちの営みを手放していない。そういう人に出会うたびに、彼らが見ている世界をその隣で見せてもらいながら、共にこれからのあり方を探求する者でありたい、という思いが強くなる。

個性豊かなスタッフと(左から2番目が筆者)

多様な個性が輝くための場

このまま穏やかに村での学びを重ねる日々が続いていくと思っていた矢先に新型コロナの感染拡大が始まり、廃業を決めたホテルを引き継ぐことになった。地理的にも、経済構造としても、農村と都市のちょうど合間に位置する地方都市の一角で、これまでそのホテルを支えてきたスタッフたちとの新しい仕事が始まった。

その中で、バイクで15分通勤圏内の超地元出身者で構成されたメンバーの中にある多様な個性に出会った。学歴も、読み書きのレベルも、得意とする領域も違う集団。学習の速度、こだわりの度合い、コミュニケーションの取り方など、それぞれの個性が爆発している。全ての人が均質な労働力ではない。用意された型にはまることができないからこそ輝く。そういう人たちが、この世界にはたくさんいる。

彼らが輝きを放つためには、多様であっても許される場が必要だ。さらに一歩踏み込んで、異なる個性が集まるからこそ独自の価値を出すことができるという環境があれば、私たちは生きていける。

今、私の目の前にある地方の小さなホテルは、その実践の場なのだと思う。全く違う職能が集まって一つの空間がつくられ、そこで過ごす人々の時間をゆたかにしていく。均質でない私たちが共に生きるためには、目の前の人や出来事を見つめるレンズの解像度を上げていくしかない。

社会に価値を提供するのと同じくらい、ひとりの人とどう向き合うかは大切だ。目の前のひとりの向こう側には、その人が出会う次の人たちがいて、その先に「次の人」の集合体としての社会がある。均質性を高めることでこぼれ落ちていくような一人ひとりの生きる形と向き合う。そこに、二者択一ではない、その間にある選択やあるいは二つが交ざり合うような道も生まれていくのだと思う。自分の「形」をいかしながら大地をしっかり踏みしめ、喜びと共に生きる。このカンボジアの小さな町で目指しているのは、そういう世界だ。ホテルという名前の、生きることの美しさに出会う場所。それが私たちの挑戦である。

〈よしかわ・まい〉

コミュニティファシリテーター / ホテル経営。2008年、早稲田大学卒業。19歳の夏にカンボジアのサンボー・プレイ・クック遺跡と人々に魅せられ、観光が本当に地域の力になるあり方を模索するため、卒業後カンボジアへ移住。遺跡と周囲の自然、地域の人々とそこを訪れる人が織りなす「遺跡生態系」を核にこれからのあり方をともに考える旅を展開。2020年より現職。