本当に「環境貢献」? プラスチック扱う企業の後継ぎが伝えたいこと
長崎・対馬で、漂着する海洋ごみの現状を目の当たりに。工具箱メーカー「リングスター」の唐金祐太さんが考えた、海洋プラスチックを減らすために企業ができることは?

長崎・対馬で、漂着する海洋ごみの現状を目の当たりに。工具箱メーカー「リングスター」の唐金祐太さんが考えた、海洋プラスチックを減らすために企業ができることは?
大量のごみが海に流出し、漂着する「海洋ごみ問題」。そのごみの多くがプラスチック類とされています。自身もプラスチックを扱い、工具箱や釣り具箱、アウトドア用のボックスなどを製造・開発する会社「リングスター」の後継ぎである唐金祐太さん(34)が考える、海洋ごみ問題の解決のためにできることとは。
2022年9月、長崎県対馬市。
私は、対馬の海洋ごみ問題に取り組んでいるアウトドア企業「パタゴニア」の担当者と知り合う機会があり、対馬市と登山者向けの地図アプリ「YAMAP」を運営する「ヤマップ」が開催するスタディーツアーに参加しました。
対馬は、島の形状、潮流などの影響で大量の漂着物が打ち寄せられる「海ごみの防波堤」となっています。
その漂着量は年間約2万~3万㎥、その対策費も2億8千万円に上ると言われています。
対馬の海洋ごみ問題はたびたびメディアでも取り上げられており、「大げさに伝えているだけでは?」といぶかしげにニュースを見ていました。しかし現実は想像を絶する光景が広がっていました。
現場では強風によって分解された発泡スチロールが雪のように舞い続けていました。目や鼻もかゆくなり、この目を覆いたくなる状況に、ただ絶句するのみでした。
対馬での対策の現状としては、回収→選別→運搬→再選別→処理→洗浄→粉砕と多大な労力がかかっており、これまで途方もない回収作業に従事してきた対馬市の皆さん、ボランティアスタッフの皆さんには感謝の念に堪えませんし、対馬市が年間、数億をかけてこの問題に腐心しているという事実にも胸が痛みました。
「私たちに何ができるのか?」
ツアーを終え、リサイクル業者やプラスチックメーカーとの打ち合わせや、再生プラスチックについての展示会の視察を重ねました。しかし、その中で大きな社会課題と矛盾に直面しました。
昨今の再生プラスチックの展示会などを見ていると、明らかに出展業者が増えています。心の底から「地球のために」と粉骨砕身している企業もありますが、中には「この材料を数%でも混ぜれば環境貢献しているとホームページで書ける(認証マークが付けられる)」「この材料を51%混ぜれば石油製品ではなくなるので、捨てても大丈夫」と、悪代官のような顔をして近寄ってくる業者もいることもまた事実です。
お金もうけのためだけに動いている企業や、自分が幸せになればいいという短期的な目線しかもたない企業が多すぎるのではないか。「うそはついていない」と言わんばかりの巧みな言葉やマーケティングばかりで、こんなことで解決できるはずがないと強い憤りを感じました。
そんなやり方でも「環境貢献」しているとうたう企業が社会的に良い企業とみなされ、今まで日本の発展に寄与してきたプラスチックなどの素材をただちに「悪」とみなすのであれば、なんておかしな世の中ではないでしょうか。
海洋プラスチックには2種類の概念が存在します。
Ocean Bound Plastic(OBP)
海に流出する可能性があるプラごみ。海と陸地の間から内陸部に向かって50kmの範囲に廃棄されているものを指す。(海を含まない陸地)
Ocean Plastic(OP)
海から流れ着いたと証明できるプラごみ。基本的には海外製品や海で使われたものが捨てられている。日光と海水にさらされ、形状が不安定であり、識別ができずリサイクルが非常に難しい。
対馬に漂着したものはOPとなり、引き取り手も少なく、埋め立てているのが現状で、あの美しい島でこのような決断が行われていることに非常に心が痛みます。
海洋プラスチックを用いたリサイクルなどの取り組みを数多くの企業がしていますが、今行われているのはOBPでの取り組みがほとんどで、OPのリサイクルは片手で数えられるほどでした。
海洋ごみの流入源の7~8割は陸地から発生するものなので、OBPに取り組むことは合理的ではあるのですが、それでは海のごみはなくなりません。
OPは、海水や紫外線、海の生き物や油などで汚れたり変形したりして流れ着き、分別の判断を鈍らせるだけでなく、そこからの洗浄や粉砕には膨大な手間とコストが発生します。回収・リサイクル業者の参入障壁もOBPに比べはるかに高く、企業も継続的に取り扱うことが全くできていない状態です。
物理的な性質が安定しない素材は成形機の故障、金型の破損などのリスクがあり、成形業を行っている私から見ても、到底仕入れることはできません。OBPの方がリスクも少なく、回収スキームもOPよりはるかに容易なのです。
ただ、この問題の解決に必要なことはOPとOBPの両面からの活動です。現場ではOPを回収しない限り、埋め立てがどんどん増えていき解決につながることはありませんし、対馬市がいずれ限界を迎えることは明白でしょう。
このOPをなんとかしたい。しかし、そこには葛藤がありました。
私たちの会社がもともと提供してきた価値は、圧倒的な「強度」でした。
再生プラスチックは、いわば一度成形されて固まったものを粉砕したものを指し、必ず「空気」「ほこり」「ごみ」などの異物が混じります。プラスチックにはPP(ポリプロピレン)やPE(ポリエチレン)、PC(ポリカーボネート)など、様々な種類があり、融点も異なります。
そのため、混合した樹脂は成形ができず、強度が弱く安定性にも欠け、まともに成形できず不良率を大きく上昇させるのです。
語弊があるかもしれませんので補足しますが、成形できないことはありません。ただ、見た目ではわからないクラック(欠け)などは耐久性を著しく低下させ、目に見えない異物は金型や成形機の破損などのリスクもつきまといます。
しかし、創業から130年を超える歴史や強みを勘案していくうちに、既存の製品の構造が安定しているため、異材であるごみを混ぜても耐久性を担保できるのではないか、と思い至りました。OPを耐久消費財として再生させ、継続販売し、長く使ってもらうことで「本当に世の中のためを考える」きっかけになればと思い、製品化を決意しました。
対馬市やリサイクル業者と合意した上で、漂着した海洋ごみのうち、青いポリタンク(ポリエチレン)のみを粉砕し、10%添加した工具箱(ポリプロピレン製)を製作しました。成形不良や耐久性の低下につながるため、10%が限界の数値でした。
「環境貢献」と企業が掲げるのであれば、その「根拠」と「透明性」は絶対に必要です。「本当に世の中を良くしていきたい」と考えるのであれば、胸を張って再生プラスチックの含有率も説明することが大切であると考えますし、仕事を通して、世の中を正しい方向に導いていくことも企業としての責任です。
対馬に漂着するごみをなくすには、10年、20年と長い年月をかけて地球規模での取り組みや、ごみの正しい処理方法などの発信・啓発が必要でしょう。しかし、ごみとしての処理を確実に減らし、製品として現実的に再生させる取り組みも同時に進めていかなければなりません。
正直なところ、製品化に必要な青いポリタンクを粉砕したフレークは多くの工程を経て、対馬から本州へ輸送されるため、通常では考えられないほど高額になります。こうした海洋ごみの再生を継続的に行えばコストが膨大になることはわかっていましたが、消費者側に理解してもらうためにも、根拠と透明性と誠実さをもって説明することで世の中に良い流れを作っていきたいと考えています。
私たちがこの取り組みを通じて描いている未来は「正しく選択し、正しく消費し、正しく向きあう世界の実現」です。
自分の頭で考えて、選択し、そしてその特性にあった正しい捨て方をする。
これを長い年月かけて、世界中が行えば、多くの問題は解決できるのではないでしょうか。一人ひとりが「正しく選択し、正しく消費し、正しく向きあう」を自覚し、たくさんの子どもたちに100年後の未来を考えて行動することを伝えていく必要があると思います。どうしても私たちは「今、幸せだからいっか」と現状に甘んじ、楽な選択をしてしまうから、「この材料を数%でも混ぜれば『環境貢献』と書ける」という発想になるのではないでしょうか。
国や企業も、世の中のために誠実に働き、自分たちだけの短期的な目標ばかりでなく、本当に困っている人に手を差し伸べ、子どもたちがこれからも笑顔と愛にあふれる世の中になるよう、それぞれの立場で取り組んで頂きたい。「この素材は悪」などと極端な決めつけではなく、どう向き合っていくべきかを真剣に考えて、それぞれが責任を持って発信し、行動してほしいと思います。
〈からかね・ゆうた〉
1988年生まれ。創業136年の工具箱メーカー「リングスター」(本社・大阪市)後継者。2020年、アウトドア事業部「Starke-R(スタークアール)」を立ち上げ、クラウドファンディングにてサポーター3千人から2500万円を集め、ブランド化に成功。収納ボックスとして、幅広い販路の開拓に成功し売り上げ拡大に貢献。2022年9月に長崎県対馬市を訪れ、海洋プラスチック削減への取り組みを始めた。