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増田明美の熱視線

北京への道を走り始めた選手たち

2007年09月14日

 蝉時雨がようやく秋の虫の音に変わった。

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 ただ、私の心の中では大阪世界陸上・女子マラソンの興奮がまだ冷めやらず、夏の空が広がっている。脳裏に焼きついているのは、土佐礼子さんの死力を尽くした走りだ。40キロ付近、口を開け、後ろに流れた腕をかき回すように走り、5位から3位に順位を上げた。

 驚異的な粘りだった。レース後、「ここ(5位に落ちた時)で粘らなきゃマラソンじゃないと思った」との彼女の言葉が、深く心に響いた。マラソンの真髄を知る思いだった。言いかえれば「ここで粘らなきゃ人生じゃない」ということだ。

 土佐さんのレース以降、私はますます元気になった。苦しいところからどれだけ頑張れるか、困難に立ち向かっていってこそ、それをくぐり抜けた後の平穏さに心から幸せを感じられる。土佐さんにはQちゃん(高橋尚子さん)的なカッコ良さはないけれども、「苦しいところから頑張る」という土佐礼子的な生き方はこれからますます、尊ばれるのではないだろうかとさえ思う。

 北京五輪の代表に土佐さんが決まり、女子マラソン日本代表の切符はあと2枚。

 11月、東京国際女子マラソンを走る野口みずきさんは、今スイス・サンモリッツで合宿中。いたって順調な様子。監督の藤田信之さんは「東京より、北京だよ」とすでに北京を見据えている。そんなわけで、あと1枚と見ている選手や監督が多いのではないか。ライバル多しだが、監督なしで頑張っているQちゃんにもぜひ、代表になって欲しい。

 世界陸上で左ももの故障により力を発揮することが出来なかった原裕美子さんは、大阪か名古屋で再チャレンジするだろう。東京には野口みずきさんの他にスピードランナーの渋井陽子さんが走る。また満を持してトラックの女王・福士加代子さんが大阪を走る可能性も取りざたされていると聞く。若手では今回、土佐礼子さんの練習パートナーであった大崎千聖さん。鈴木秀夫監督の話によると、「どの練習でも30キロまでは(土佐より)大崎のほうが強かった」という。まだ20歳だが、彼女は、北京の代表になれなかったら陸上競技から遠ざかる覚悟で練習しているらしい。ベテランが安定した力を発揮しながら、若手も着々と育ってきているのだ。

 東京、大阪、名古屋の選考レースはペースメーカーなしで行おうとする動きもある。なぜならば、ペースメーカーのいない世界陸上では高温多湿という厳しい条件もあったが、レースは後半の勝負に徹するものだった。後半に向けて早くから「駆け引き」が行われていたのだ。ペースメーカーがいない五輪、気象条件が似ている北京では同じような展開になることが予想される。本番と同じようにペースメーカーなしで勝負して、ゴールタイムではなく、「内容を重視した選考」で代表を決めるようだ。

 このところ中国は、マラソンでは五輪のメダルに縁遠かった。でも、日本と同様、確実に若い選手が育ってきている。大阪世界陸上では、左足の甲を痛め、準備不測だといわれていた周春秀さんが絞りきれていない体型ながら銀メダルを獲得。38キロ過ぎ、土佐さんを引き離した第1集団の4人は、ケニア2人と中国2人だった。来年に向け、中国は当然のことながら手強い相手になりそうだ。

 勝負に徹した世界陸上女子マラソンは、気候的にも北京への試金石と言えた。金メダルに輝いたキャサリン・ヌデレバさん(35歳・ケニア)、5位入賞のリディア・シモンさん(33歳・ルーマニア)など、経験豊富なベテラン勢が活躍したことにも注目したい。

 いよいよ、選手達は北京への道を走り始めた。


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増田 明美(ますだ・あけみ) スポーツジャーナリスト

 1964年、千葉県生まれ。成田高校在学中、長距離種目で次々に日本記録を樹立する。1984年のロス五輪に出場。1992年に引退するまでの13年間に日本最高記録12回、世界最高記録2回更新という記録を残す。現在はスポーツジャーナリストとして多方面で活躍中。2006年にはタイ・プーケットでマラソン大会を開催し、スポーツによる国際交流にも注力。大阪芸術大学教授、文部科学省中央教育審議会委員、新健康フロンティア戦略賢人会議委員なども務める。

公式サイトは「増田明美's Home page」 http://www.akemi-masuda.jp/別ウインドウで開きます

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