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「佐藤伸治だけを神格化するのは良くない」フィッシュマンズ、未来を開いた格闘の軌跡

©2021 THE FISHMANS MOVIE

フィッシュマンズがメジャーデビュー30周年を迎えた。彼らが後進のミュージシャンに与えた影響は大きい。ceroの高城晶平、カネコアヤノ、踊ってばかりの国の下津光史といった多様な顔ぶれから、彼らを慕う声が聞こえてくる。

では、フィッシュマンズとはどのようなバンドだったのか。なぜ後進に影響を与え、今も新しいリスナーを獲得し続けているのか。この7月に『僕と魚のブルーズ 評伝フィッシュマンズ』を上梓した川﨑大助氏のコメントとともに紹介していきたい。

「佐藤伸治だけを神格化するのは良くない」フィッシュマンズ、未来を開いた格闘の軌跡
活動初期のフィッシュマンズ。左から、ハカセ、佐藤伸治、小嶋謙介、柏原譲、茂木欣一/©2021 THE FISHMANS MOVIE

フィッシュマンズがデビューしたのは1991年。日本にバブル経済の余韻がある頃だ。当時のメンバーは、佐藤伸治(ボーカル、ギター)、小嶋謙介(ギター)、茂木欣一(ドラムス)、柏原譲(ベース)、ハカセ(キーボード)の5人。サウンドの核にあるのはレゲエ。それはファーストアルバム『Chappie, Don’t Cry』のプロデューサーが、日本初のダブバンド・MUTE BEATのメンバーであったこだま和文であったことからもうかがえる。

「僕と佐藤は世代が近いから、聴いてる音楽がほとんど一緒。パンクからレゲエをやりだしたザ・クラッシュとか、ザ・ジャムとか。MUTE BEATも大好きだった。だから僕はフィッシュマンズの音楽を最初からすぐに受け入れられた。でも音楽業界では全然受けやしない。4thアルバム『Orange』までは、何をやってもダメ。普通のバンドと同じように音楽誌に出てプロモーションするのではなく、クラブをメインに活動してたら、また違ってたのかもしれない」(川﨑大助さん、以下同)

「佐藤伸治だけを神格化するのは良くない」フィッシュマンズ、未来を開いた格闘の軌跡
川﨑大助/作家。88年、雑誌『ロッキング・オン』にて活動開始。93年、インディー・マガジン『米国音楽』を創刊。レコード・プロデュース作品も多数。近著に『教養としてのロック名曲ベスト100』『僕と魚のブルーズ 評伝フィッシュマンズ』など。/撮影=南阿沙美

川﨑氏は『ROCKIN’ON JAPAN』誌に寄稿するライターだった。当時はバンドブーム末期。シンプルでキャッチーなメロディーを奏でる、勢いのあるバンドサウンドがまだまだ人気があった。今より情報の網羅性が低い時代だったこともあり、佐藤の歌も、バンドのリディム(バック・トラック)も、ロンドンの雰囲気も、まったく理解されなかった。というより、気づかれなかった。

川﨑氏は編集部から「たまたま」渡されたインビテーションを持ってライブハウス・渋谷La.mamaに足を運んだことをきっかけにフィッシュマンズと深く付き合うことになる。ライターとして、編集者として、放送作家として。

「佐藤伸治だけを神格化するのは良くない」フィッシュマンズ、未来を開いた格闘の軌跡
©2021 THE FISHMANS MOVIE

93年に川﨑氏はインディー雑誌『米国音楽』を立ち上げる。その頃、ストリートには「渋谷系」ムーブメントの風が吹き始めていた。クラブDJのような感覚を持ったミュージシャンが60〜70年代のサウンドを再解釈して演奏しはじめたのだ。

当時は「良いレコードをいっぱい聴いたリスナーがバンドを始めた」とよく言われ、「渋谷系」は都会的とされた。ところがレコード会社経由の情報に頼りきりだった大手メディアは、この動きを敏感にキャッチできなかった。

『米国音楽』では、川﨑氏自身のネットワークから伝わる生の声と感覚を扱った。「渋谷系」も取り上げ、雑誌は爆発的に売れた。そんな感度の高い層に支持される『米国音楽』で取り上げても、フィッシュマンズは気づいてもらえなかった。

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1996年4月発行の『米国音楽』第6号、巻頭特集の最初の見開きで取り上げられたフィッシュマンズ。撮影場所は九十九里浜。この写真は、『映画:フィッシュマンズ』でも使われている。
「佐藤伸治だけを神格化するのは良くない」フィッシュマンズ、未来を開いた格闘の軌跡
『米国音楽』第6号の表紙。川﨑大助さん提供

「僕は日本の音楽をほとんど聴かないんです。はっぴいえんどとかCAROLとか、5本の指で足りる程度。じゃあなんでフィッシュマンズを聴くのかと言えば、ボブ・マーリーが見てたもの、つまり普遍的な価値にフィッシュマンズは手を伸ばそうとしていたから。本にも書いたけど『やってる側の自己顕示欲じゃないところで悲しかったり、よかったりする曲。そういうのを作りたかったんだよね』(P.304)って。でも今思えば、だからフィッシュマンズは売れなかった。時代が求める欲求に合わせない。5thアルバム『空中キャンプ』で評論家たちが急に褒めそやしはじめた時ですら、世間の消費の対象にはなりえないと思っていました」

「佐藤伸治だけを神格化するのは良くない」フィッシュマンズ、未来を開いた格闘の軌跡
メジャーデビュー直前からフィッシュマンズを近くで見てきた川﨑さん。取材時の撮影場所は小嶋謙介や佐藤伸治も暮らしていたメンバーゆかりの地、下北沢/撮影=南阿沙美

金字塔『空中キャンプ』 ついに音楽ファンに気づかれた

96年に発表した5thアルバム『空中キャンプ』は、レーベル移籍に伴い設立されたセルフスタジオにて、レコーディング・エンジニアのZAKを共同プロデューサーに迎え制作された。

本作はダブとレゲエを中心にすえつつ、ブレイクビーツ、エレクトロニカ、エクスペリメンタルミュージックの要素も取り込み、同時に余計な音を削ぎ落としていく、革新的なサウンドプロダクションを両立させた金字塔とも言える作品だった。この音が、当時日本で人気があったマッシヴ・アタックなどを聴いていた洋楽好きに気づかれた。そしてさらにバンドの評価を高めたのは、抜群に安定したライブパフォーマンスだった。

「佐藤伸治だけを神格化するのは良くない」フィッシュマンズ、未来を開いた格闘の軌跡
©2021 THE FISHMANS MOVIE

「初期の頃は当たり外れがあったんですよ。リズム隊は悪くないんだけど、ボーカルがときに不安定で。でもアルバムの発表を重ね、ツアーを続けていくうちに、その波もなくなってくる。ライブ強者になるわけですね。そこで『空中キャンプ』だったわけです。作品が評価されて、お客さんが自分たちの狙いをわかってくれることがわかると、佐藤は調子に乗る(笑)。音楽的にもっと上を目指すんです」

「彼は“ライブの完成度”と言ってたんですよ。“一体感”じゃなくて。当時のフィッシュマンズはどの曲もすごく長くアレンジされていたけど、あれは『俺はいくとこまでいくから、お前ら(観客)もついてこい!』みたいな、佐藤のアスリートっぽいところが出てたんじゃないかな?」

この段階で、メジャーデビュー当時のメンバーが2人抜け、佐藤、茂木、柏原の3人になった。音楽性や人生の方向性の相違が原因だ。『空中キャンプ』でサウンドが大幅に変化したのは、この2人の脱退も関係している。

「佐藤伸治だけを神格化するのは良くない」フィッシュマンズ、未来を開いた格闘の軌跡
95年以降、佐藤、柏原、茂木の3人になったフィッシュマンズ/©2021 THE FISHMANS MOVIE

「メンバーが減ったのは辛かった。特に小嶋くん。フィッシュマンズでは小嶋くんだけが佐藤と同級生。2人はいつもタメ口で、いわゆる普通の友達同士だった。佐藤は下北沢に住んでいたけど、そのきっかけも小嶋くんがいたから。メンバーの脱退が堪(こた)えるのもわかったし、癒えずに蓄積するダメージになっていたと思う。佐藤はストイックな性格だったけど、絶対にバンドじゃなきゃダメなんですよ。自分1人でできないことを仲間とやりたいタイプ。だから欣ちゃん(茂木欣一)や(柏原)譲くんのこともすごく信頼してた」

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佐藤伸治と大学の同級生だった小嶋謙介。94年にバンドを脱退/©2021 THE FISHMANS MOVIE

人間、佐藤伸治の意外な魅力

『空中キャンプ』以降にフィッシュマンズを知った人からすると、佐藤は「(音楽的に)更なる上を目指すカリスマ的なフロントマン」だったのではないかと思う。だが『僕と魚のブルーズ 評伝フィッシュマンズ』を読むと、佐藤の人となりはそんな印象とはまったく違った。

「佐藤は元野球少年でプロレスが大好きだった。楽しいやつで喧嘩っ早いところもあった。でも例えばいじめの場があったとしたら、ごく自然に痛めつけられている側に必ず同調する人でした。あと下ネタも大嫌いだった。バンドマン同士のそういう話になると、恥ずかしいのかいつも顔を真っ赤にして下を向いてた。セクシズムとも無縁でしたね。バブルの雰囲気が似合わない。彼の音楽は、しょげてる飼い主にそっと寄り添って、舐めてくれる犬や猫のような感じ。痛んでる人が『あって良かったな、この音楽』と思えるような」

「佐藤伸治だけを神格化するのは良くない」フィッシュマンズ、未来を開いた格闘の軌跡
©2021 THE FISHMANS MOVIE

日本の90年代カルチャーは崩壊したバブル経済の残滓(ざんし)の上で成り立っていた。不景気の実感はなく、みんな今よりもずっとのんきで、鈍感で、暴力的で、昭和の遺物のようなマチズモが街のそこかしこに溢れていた。『空中キャンプ』の収録曲「すばらしくてNICE CHOICE」に「目的は何もしないでいること」という歌詞がある。そのまま読むと、モラトリアムを肯定しているかのようにも受け取れるが、ここに佐藤のスタンスが込められている。

「彼は『何もしない』とか『自由でいること』に執拗にこだわっていた。それは誰もがありのままの、素のままの自分でいて、一番侵されたくない状態。そういう場所で鳴っている音楽。それが佐藤の見ていた普遍性だと思う。だから売れようが売れまいが、人に何を言われようが何も関係ない。だけどそれって簡単にできることじゃないから、イライラしたり、自分を苛(さいな)んだり、アンビバレントなところもあったと思います」

「佐藤伸治だけを神格化するのは良くない」フィッシュマンズ、未来を開いた格闘の軌跡
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フィッシュマンズは『空中キャンプ』以降も『LONG SEASON』『宇宙 日本 世田谷』と素晴らしい作品を残し、見る人の記憶に残るライブパフォーマンスをハイペースで披露し続けていた。98年には柏原が脱退した。そして99年3月15日に佐藤は急逝してしまう。バンドは一時期活動休止したが、茂木はフィッシュマンズを続けた。そして今年30周年を迎え、映画(『映画:フィッシュマンズ』)にもなった。現在進行形で新しい若いファンを魅了し続けている。

「映画でZAKが言ってましたけど、佐藤は『才能もあるけど、努力がすごい』やつなんですよ。やつも最初から『空中キャンプ』は作れなかった。もしも1stアルバム『Chappie, Don’t Cry』がドカーンと売れてたら、3rdの『Neo Yankees’ Holiday』は生まれていなかったと思う。メンバーは『100ミリちょっとの』(1992年発表のシングル。アルバム『King Master George』に収録)が絶対に売れると思ってた。でも空振りだった。『これじゃないのか……?』って。悪戦苦闘して『いかれたBABY』(93年発表のシングル)までいけた」

「フィッシュマンズの歴史は、格闘の歴史です。売れなかった頃にみんなで四苦八苦しながら試行錯誤を繰り返した。その結果としての『空中キャンプ』であり、『LONG SEASON』だった。佐藤だけを神格化するのは良くないと思います。せっかく目の前にある本質が、見えなくなるから」

「佐藤伸治だけを神格化するのは良くない」フィッシュマンズ、未来を開いた格闘の軌跡
©2021 THE FISHMANS MOVIE
書籍情報

『僕と魚のブルーズ 評伝フィッシュマンズ』
川﨑大助著/イースト・プレス/2310円(税込み)

フロントマン佐藤伸治をデビュー前から間近で取材し続けた著者が鮮やかに蘇らせる、90年代を駆け抜けた伝説のバンドの軌跡。

「佐藤伸治だけを神格化するのは良くない」フィッシュマンズ、未来を開いた格闘の軌跡

映画情報

『映画:フィッシュマンズ

「佐藤伸治だけを神格化するのは良くない」フィッシュマンズ、未来を開いた格闘の軌跡

新宿バルト9 ほか全国で公開中

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