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東京の台所2
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〈239〉「子育てが終わるのっていつ?」 15年間しまっていた夢

〈住人プロフィール〉
パン教室主宰・49歳(女性)
戸建て・4LDK・西武池袋線 大泉学園駅(練馬区)
入居7年・築年数11年
夫(会社員・47歳)、長男(19歳)、長女(17歳)との4人暮らし

    ◇

 こんな世界があるのか――。
 25歳で職場結婚。食べることが大好きな夫のためにと、初めて足を運んだ神戸の料理教室で、彼女は鮮烈な感動を覚えた。

 「新婚なので、おいしいものを作ってあげたいなくらいの軽い気持ちで行ったら、本当になにもかもが素敵で。いっぺんでその先生の作り出す世界にひきこまれました」
 初めて見るカラフルな鋳物の鍋。こだわって選んだことがわかる料理道具、よりぬきの食材と調味料、凝ったメニューに美しい盛りつけ。
 「なによりテーブルコーディネートが素晴らしかったんです。クロスひとつでお料理の印象がぐんと変わる。カトラリーでも変わる。当時、総務部で働いていたのですが、会社とはまったく違う世界にすごく癒やされました」

 以来、毎月通うようになり、27歳で会社をやめた。調理師専門学校で学ぶためだ。
 「あの先生のようになりたかったのです。料理家のアシスタントなど、免許があれば役に立つかなって」
 和食、洋食、中華、製菓、製パンの全てを学べるコースがあった。授業料は自分で賄った。夫は「いつか活(い)かせたらいいんじゃない?」とのんびり受け止めていた。

 1年間学んだところで、折しも神戸の憧れの師がアシスタント募集を始めた。応募できるチャンスが巡ってきたと喜んだ矢先、妊娠に気づく。29歳で長男を出産。その後、3~4年周期で転勤がある夫について岡山へ。ここで長女を出産した。

 料理教室をしたい。会社を退職したときから願い続けていた想(おも)いはしかし、夫になかなか言い出せなかった。
 「私は収入がありませんし、ふたりの子育てをしながら何かをやりたいとか、主張をすること自体、言いづらかった。38歳で東京に家を建てたときも、本当はパン教室を想定したキッチンにしたかったんですけど……」

 夢を言えずじまいのまま新居が完成したのもつかの間、今度は40歳で青森へ。
 子どもふたりが小学生になり日中時間ができたので、マンションの一室で知り合いのママ友を4人呼び、小さなパンを教える会を開いてみた。教室をするなら我が子が幼い頃から大好きなパンをと、しぼりこんでいた。
 すぐさま階下の住人から、パンを捏(こ)ねるときの「振動がうるさい」と苦情が来て数回でやめた。

 42歳。再び東京転勤に。長男も中学生になったので、夫に初めて打ち明けた。
 「前からずっと考えていたんだけど、パン教室をやりたいの。その資金を貯(た)めるためにアルバイトをさせて」
 彼は穏やかな面持ちで言った。
 「君はひとつのことにのめりこむタイプだから、家事や子育てがおろそかになりかねないでしょ。子育てが終わってからね」

 夫はけして高圧的な人間ではない。子煩悩で優しく、理論的な人なんですと彼女は言う。ではなぜ15年間も夢を言い出せず、初めて伝えたらば否定という憂き目に遭っても反論しなかったのか。
 「したいことをしたいというのは、私のわがままだと思っていたんです。妻で母である自分が、主張するのは間違ったことだと」

 わがままではないと教えてくれたのは、彼女いわく「東京という街でした」。

パン教室で使う電気オーブン。全部で4台とガスオーブン1台がある

「おばあちゃんになっちゃうよ!」

 東京の持ち家に戻り、子ども部屋もでき台所が広くなったのでパン作りにますます熱が入るようになった。焼いたものをインスタに上げると、フォロワーがひとりまたひとりと増えていく。
 そこで、さらに技術を高めようとあらためてパン教室に通い出した。

 講師の女性は自分より1歳上で、子どもは娘とおない年。パン教室を10年やっているという。同世代かと遠い目になった。自分がやりたいことも言い出せず、もんもんと過ごしている間に、同じ年齢の子を抱えながら彼女は教室をやってきた。その差に愕然(がくぜん)とした。
 徐々に親しくなっていったある日、心の内を吐露した。すると女性に言われた。
 「子育てが終わるまでって、何歳になったら終わったって言えるの? そんなのおばあちゃんになっちゃうよ!」

 言葉で心臓をつかまれた気がした。
 「私のスイッチが切り替わった瞬間ですね。彼女だけでなく東京には、私よりずっと若くて子どもが小さい人でも、年齢や環境に関わらず、やりたいことをやっている人がたくさんいた。これは私のわがままじゃない。もう夢を投げ出したくない。自分の人生を生きたいと強く思いました」

 夫は反対したが、フォロワーで埋まったインスタを見せて自宅でのパン教室主宰を押し通した。趣味ではなくちゃんと仕事として成立させたいのだ、と主張した。

 独身時代のなけなしの預金をはたいてイケアで作業台を買い、オーブンやパン作りの道具をそろえた。

 44歳の7月。友達に生徒として参加してもらい第1回を強引に開く。
 試食タイムは、あの日憧れたテーブルコーディネートそのままに、器やグラス、パンを挟むトングのデザインまでこだわった。
 細やかな工夫と、自家製の天然酵母や自家製ジャムを使ったパン教室の魅力は、そこから口コミとSNSを通じてじわじわと広がっていった。ひとつの生地を何種にもアレンジしたり、経験者にはパン2種と料理をセットにしたり。パンだけでなく、旬の野菜を使ったサラダやスイーツを教える日もある。美しいコーディネートはもちろんだが、調理師免許も生徒の目からすれば、教室選びの信頼のひとつになっているだろう。

 夫の彼女を見る目が明らかに変わった日がある。パン教室を始めて5年目の今年3月。イベントに呼ばれ3日間出店した。あまりにも忙しく、洗い物や運搬など夫にも手伝ってもらった。1日100個、合計300個は連日すぐに売り切れた。

 「私自身も売り切ることができるか不安でした。夫はもっと懐疑的だったと思います。実際に成果を見て、彼もすごく感激していました」
 イベント後、出店先の女性オーナーに礼を言われた。
 「3日間、本当にたくさんのパンを焼いてくれてありがとう。ご主人もあんなに手伝ってくれて、素敵な人ね」

 はっとした。自分は客からもオーナーからもたくさん褒められた。だが夫はどうだろう。誰かから褒められたか。自分さえも感謝を伝えていない。それはいけないと強く思った。
 ――彼女は無意識のうちに、育児と家事に専念していたころ誰からも褒められなかった自分と、その日の夫と重ね合わせたのではなかろうか。

 現在はコロナに気をつけながら1回5人。週2、3回教室を開く。自分が気になる教室には学びに行ったり、ネットを通じてできた“パン友”と研究を兼ねて食べ歩いたり。25歳から育ててきた夢の形を今も成形し続けている。

 「妻・母とは違う、パンの仕事という役割ができたことが一番うれしい。この仕事を始めてからできた友達には、家庭を持ちながら自分らしい生き方をしている人がたくさんいます。そういう人たちに出会えたことも私の財産です。主婦時代には体験できなかったこと、出会えなかった人たちと出会えることを幸せに思います」

 最近、区民農園を借り野菜を育てている。パン教室で使うためもあるが、息子や娘と汗を流しながら楽しむためが大きい。台所の一角には、収穫したばかりのつやつや新鮮なトマトやパプリカが山と積まれていた。
 家庭も仕事も。
 両方欲しいと言っていいし、人生のチャレンジに年齢制限はない。彼女の台所には自由な喜びが満ちていた。

ハラペーニョオリーブのリュスティック(田舎風)。ハラペーニョの辛味がアクセントで外はカリッ、中はもっちり

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