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発酵デザイナーの食国探訪
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大豆由来と穀物由来が融合? みそ汁の起源をたどる

筆者作成

発酵文化のスペシャリスト小倉ヒラクさんが、「食」を起点に国内外の文化や歴史を掘り下げる連載です。前回に続き今回も「みそ汁」がテーマ。みその起源と言われる中国の調味料「醬(ジャン)」を出発点に、日本のみそのルーツを探ります。

みそ汁はなぜ生まれた?

和食に欠かせない料理ベスト3にまちがいなく入るであろうみそ汁。日本人になじみ深いこの即席スープは、実は世界的にもレアなレシピです。

韓国風のみそを使ったテンジャンチゲのように、発酵調味料をベースにした鍋料理がお隣の韓国や中国にはあるのですが、 (1)調味料を入れたまま長く煮込む、(2)スープよりも具材を食べることを主としている、(3)主菜としてのおかずであるという点がみそ汁とは違っています。

主菜とは別に、3食ごとに必ずついてくるみそ汁。これに相当するのは韓国ではテンジャンチゲではなくワカメのスープなのですが、みそのような発酵調味料は入っていません。

なぜ日本で特異的にみそ汁が普及したのか? その理由は、大陸の異なる製法の麴(こうじ)が日本で化学反応を起こしたことにあります。なぜそんなことが起こったのか? 発酵調味料の成立のアウトラインを見ていこうではありませんか。

中国の醬文化

みその起源は中国のうま味調味料の醬(ジャン)だとされています。紀元前3〜1世紀ごろに成立したとも言われる孔子の『論語』のなかに「不得其醬不食(其の醬を得ざれば食らわず =醬できちんと味付けしてないものは食べないように)」という記述があります。包丁(ほうてい)のように、古代中国の聖人は食にうるさいようですな。

『論語』を読むかぎり当時の醬のレシピは不明ですが、中国の湖南省で、紀元前158年のものとされる豆醬(大豆でつくった醬)が発掘されています。液体状のしょうゆだったら漏れるか蒸発するかして発掘はされないので、醬のルーツは固形調味料であったことになります。

古代のアジア食を調べる人なら全員読んでいるであろう、紀元5世紀ごろに成立した中国最古の農学書『斉民要術(せいみんようじゅつ)』(*)には、黒豆を使った豆醤のレシピの詳細があります。これは今でいうところの豆豉(トウチ)とだいたい同じ。蒸煮(じょうしゃ)した大豆にカビをつけて麴にし、そこに塩を加えて発酵・熟成させる。できあがるのは、真っ黒な大豆の塩辛のようなもの。

中国には古代から獣肉を使った醬や、竹や薬草などを使った醬もありますが、これは日本ではポピュラーにはなりませんでした(ちなみに中国では今でもつくられています)。様々な醬のうち、大豆を使った「豆醬」が日本で発展していくことになります。

*現存する完本としては最古の中国農業書中

黎明期の豆醬

大豆由来と穀物由来が融合? みそ汁の起源をたどる
寺の境内でつくられる豆醬の末裔/筆者提供

日本で最初に醬のような発酵調味料の記録が見られるのは、8世紀初頭の奈良時代。701年に制定された『大宝律令(日本の古代法典。日本を律令国家にするため唐に倣って制定)』に、調味料をつかさどる「主醤(ひしおのつかさ)」という役職名が記述されています。この頃の日本はとにかく中国に倣え!だったので、孔子の「調味料は大事やで」の言い付けを意識していたのでしょうか。

「醬」とあるので、レシピも中国流の「大豆の塩辛」スタイルの醤だったのでしょう。この頃の醤の製法は、京都の禅寺(大徳寺や一休寺)でいまでも継承されていて、「寺納豆」と呼ばれている。みその原型のはずなのになぜか「納豆」と呼ばれているのが面白い(ちなみに寺納豆に納豆菌の発酵は関与していません)。一休寺の住職にその起源を聞いてみたところ、

「応仁の乱で焼き出された難民のための滋養強壮の食としてつくられた」

との言い伝えが残っているそうです。黎明(れいめい)期のみそは、今のようにお湯で溶いて飲むものではなく、薬のカプセルのようなもの。和尚さんが戦場でぐったり倒れている人を起こして、

「しっかりしろ! この豆を食べれば大丈夫だ!」

と豆醤を食べさせる光景を想像すると、ドラゴンボールの「仙豆」のようではないですか。

金山寺みそと穀物の醬

さてこの豆醤。苦みとえぐみが強く、水分が飛んでカピカピになっているのでみそ汁にはあまり向いていない。しかし! みそには豆醤とは異なるもうひとつのルーツがあるのですね。

和歌山県湯浅に、金山寺みそというローカル発酵食品があります。豆醬と明確に違うのは「穀物を使って麴をつくる」こと。大豆に加え米や大麦などの穀物にコウジカビをつけたブレンド麴をつくる。そしてそこに塩とナスやきゅうりなどの刻んだ夏野菜を加えてしばらく漬け込む。するとみそと漬物の中間のような「おかずみそ」ができあがります(「金山寺みそ」の原型になったレシピが中国にもあって、かつては「醬菜(ジャンツアイ)」と呼ばれていたそう)。

この金山寺みそはご飯のおともやお茶請けに食べるのが基本なのですが、お湯で溶いてみそ汁にしてみてもけっこうおいしい。豆醤よりも圧倒的に甘みと軽やかなうまみがあり、格段に「みそ汁っぽい」のですね(ちなみに野菜が具材変わりになってめちゃ便利)。

金山寺みそは、鎌倉時代、13世紀中盤に中国(南宋)から日本に伝わったとされています。法燈国師(ほうとうこくし)が浙江省の有力禅寺、径山寺(きんざんじ)に留学に行き、そこでこのおかずみそのレシピを習ったそう。禅宗では料理するのも修行のうちなので、寺のキッチンで下積みしていたのかもしれません。

大豆由来と穀物由来が融合? みそ汁の起源をたどる
様々な穀物と野菜を混ぜ合わせて醸される金山寺納豆/筆者提供

径山寺のある浙江省、緯度としては奄美大島と同じくらいの、暖かく湿潤な土地。米をはじめ穀物がよく実るので、穀物にカビ付けする文化ができたのでしょう。

「大豆の麴」と「穀物の麴」。日本には古代から中世にかけて、二つのみそのルーツが近畿地方に入ってきました。豆の麴は苦みとコクが強く、穀物の麴に甘みとうまみが強い。

以降の日本の歴史のなかで、この二つは融合して日本独自のみそに発展していったのではないでしょうか。穀物で麴をつくり、大豆とあわせて発酵させる「2ステップ発酵方式」により、コクと酸味とうまみと甘みを調和させ、日本人のニガテな苦みを排除したみそが生まれたというわけです。
 
それでは次回は、定番から変わり種まで様々な土地のおみそを紹介します。

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