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命を預け合うドライな関係 視線の先には「同じ夢」 登山家コンビ「平出和也×中島健郎」(前編)

アルパインクライマーの中島健郎(左)と平出和也。撮影場所は二人が所属する石井スポーツの本社前(小島マサヒロ撮影)

 登山には二つの選択肢がある。ソロ(単独)で登るか、複数人のパーティーを組んで登るか。後者を選んだ場合、パーティーの最少単位は二人。お互いをロープで繋(つな)いだ状態で、一方が登っている間は、もう一方が安全を確保しながら交互に登って行く。パートナーはまさに命綱だ。

 登山家であり山岳カメラマンの平出和也と中島健郎は、クライミングパートナーとして、登頂困難な山々の未踏ルートを制覇してきた。平出と6歳下(*)の中島は先輩・後輩の仲でもあるが、自然の前ではあくまでも対等な関係。文字通り「命を預け合っている」二人は、山の先に同じ夢を見ている。

*記事公開日2021年9月9日時点の年齢差

【後編「もどかしさを感じないほうがおかしい」登ることを奪われた登山家コンビの葛藤 「平出和也×中島健郎」(後編)はこちら

誰とでも登れると思っていた

 年齢も出身地も違う二人を繋いだのは、世界でもその実力を認められた登山家であり、かつて平出がパートナーを組んでいた谷口けい氏だった。

命を預け合うドライな関係 視線の先には「同じ夢」 登山家コンビ「平出和也×中島健郎」(前編)
平出和也(小島マサヒロ撮影)

平出 谷口さんから「若手の面白いクライマーがいる」と聞いたのが、初めて健郎の名を知った瞬間だと思います。

中島 実は僕自身が谷口さんと一緒に登ったことはなくて。でも山の世界は狭いので、谷口さんはもちろん、平出さんの存在も会う前から知ってはいました。

平出 谷口さんいわく、当時の健郎は、山のセンスがいいし技術も体力もあるけれど、ミスをしてけがをすることも多かった。運が悪ければ命を落としている可能性もあったと。危ないやつだなと思いました(笑)。

ただ、それはかつての自分も同じでしたし、山登りで未踏の壁に挑戦するというのは、どこか「キレて」いないとできないことでもあるんです。どこかで一線を越えなければならないときがある。とはいえ覚悟を持って一線を越えるのと、無鉄砲で越えるのとでは、全然違います。だからこそ、山で生き残るための手段や判断を、自分の背中を見て学んで欲しかった。健郎に山で死んで欲しくないという思いが、一緒に組み出した理由の大きな一つでした。

中島 平出さんは海外での登山経験も飛び抜けて豊富だったので、憧れの先輩みたいなところはありましたね。僕が関西の大学の山岳部で登っていた頃は特に決まったパートナーもいなかったんです。関西では大学時代に登って燃え尽きてしまう人がほとんどでしたし、卒業してしまうと同世代ではなかなか出会いそのものがなかった。単発で一緒に登る相手はいても、その関係が続くことはなかったんです。

命を預け合うドライな関係 視線の先には「同じ夢」 登山家コンビ「平出和也×中島健郎」(前編)
中島健郎(小島マサヒロ撮影)

平出 特殊な世界ですからね、わざわざ危険な場所に出向いてそこに身を置くわけなので。僕も昔は自分の登山技術に絶対的な自信があって、誰とでも登れると思っていたんです。でもその中で、相手の命を奪っていたかもしれないような大きなミスを冒すことがあって、自分が背負っているのは自分の命だけではないと知った。そこからパートナーに対する考え方も変化していきました。

同じ夢を見られるかどうか

 二人が実践するアルパインクライミングは、登山道の無い自然の地形にルートを取り、最少の人数と装備によって短時間で頂上を目指す最もハードなスタイルだ。そこではパートナーのあり方がお互いの生死を左右するものになってくる。

命を預け合うドライな関係 視線の先には「同じ夢」 登山家コンビ「平出和也×中島健郎」(前編)
2019年、ラカポシ(標高7,788m/パキスタン)南面の新ルートから頂を目指した平出と中島。前を行く中島が後方の平出を撮影した一枚/提供:石井スポーツ

平出 極限の状況に追い込まれるので、相手に自分を隠すことはできないですね。登山は一日24時間ずっと一緒にいて、場合によっては2、3カ月間それが続く。自分の弱いところや見せたくないところも含めてすべてをさらけ出さなきゃいけないからこそ、人間的に認め合えるかどうかは死活問題です。登っているとき以外の時間も共に生活するわけですから、たとえば食事中に相手の箸の上げ下げの仕方が気になるようでは一緒にいられません。

中島 登っている最中は二人でいてもしゃべらないですしね。なんとなく雰囲気で、この人とは合いそうだなと感じても、実際に一緒に山に行ってみないとわからないところも多いです。

 そんな二人がパーティーを組んで登り始めてからは7年ほど。共に登る相手によって、挑戦できる登山のレベルや質が大きく変わってくるため、「山を選ぶよりパートナーを選ぶほうが難しい」と中島は言う。

平出 ソロで偉大なことを成し遂げたいと思った時代もありましたが、自分一人の限界を超えてできることよりも、二人の限界を超えてできることのほうが大きいかもしれない。そう考え始めてからパートナーと一緒に登ることを重要視するようになりました。僕が健郎に求めているのは、単に技術や体力だけではなくて、何だろうね……?

中島 自分とロープを繋いでくれること以外に? 

平出 やっぱり一緒に夢を見られることかな。僕から誘った登山でも、いざ登り始めたときに、僕以上にその山に登りたい気持ちや闘志みたいなものを健郎が感じさせてくれるのはうれしいんですよ。世の中にいろんな遊びがある中から山登りを、さらに僕たちのようなハードなスタイルを選ぶと、目指す目標の角度がピンポイントに定まっていくんです。その角度が重なっていなければ同じ夢は見られないし、同じモチベーションで挑戦できない。そのぐらいシビアなことをしているし、なぜシビアかというと、お互いの命を懸けているからです。

命を預け合うドライな関係 視線の先には「同じ夢」 登山家コンビ「平出和也×中島健郎」(前編)
ラカポシ登頂に成功した平出(左)と中島/提供:石井スポーツ

中島 うん。

平出 自分がミスをして危ない目に遭う分には納得できても、自分が相手を巻き込んでしまう可能性もあるし、逆に相手に巻き込まれたとしても、同じように納得できるかどうか。そこで同じ夢を見ていれば命を預けられる。僕が健郎と登っていて、自分の命を脅かされたとしても、こんなはずじゃなかったとは思わないでしょうね。それだけの覚悟を決めているからこそ一緒に登っているわけだから、何が起きても後悔することはないです。

命を預け合うドライな関係 視線の先には「同じ夢」 登山家コンビ「平出和也×中島健郎」(前編)
(小島マサヒロ撮影)

欠点が僕たちを繋いでいる

 まさに命を預け、預けられている。それは決して言葉の上のレトリックではない。平出の前パートナーである谷口氏は、2015年に平出とは別で出かけた登山中に事故で命を落とした。平出が中島と組むに至る背景には谷口氏の死があった。

中島 平出さんにとって四度目の挑戦となったシスパーレ(標高7,611m/パキスタン)登頂に誘われたときは、平出さんが谷口さんと二人で成し遂げられなかったことを「継ぐ」というよりも、声をかけてもらったことが純粋にうれしくて。実際に目の前にするととてもいい山で、自分にとっても絶対に登りたいという夢になりました。

命を預け合うドライな関係 視線の先には「同じ夢」 登山家コンビ「平出和也×中島健郎」(前編)
(小島マサヒロ撮影)

ただ、当時の僕は登山にとって大事な経験を思うように積めていなくて、その経験不足を補うためにどうしたらいいのかもわかっていなかった。足手まといになるだけだったらどうしようという不安は正直ありました。今でもそうですけど。

平出 でもね、完璧でクレージーな登山家が二人いれば目標が達成できるかといえば、そうではないんですよね。むしろいかに弱点を補えるかどうかの方が重要で。お互いに弱点があるからこそ協力し合うし、協力し合わなくても済むような仲間だったら違う方向を向いてしまうでしょう。欠点が僕たちをつないでいると思います。

中島 平出さんはそもそも慎重派ですから、決定的なミスをする確率は低いんです。ただ、無鉄砲に突っ込んでいく勢いも、それはそれで必要かなと。僕の性格的におそらくそういう気質があるんですよね(笑)。

だからこそ、平出さんとなら、安心して登れる。もし僕以上に無鉄砲な人と組んでいたら、僕もそんなに強気では行けないでしょうし、慎重な人が上にいてくれるからこそできることでもあって。平出さんはリスクを考慮した上で、健郎がそう思うなら行こうか、と乗っかってくれるんです。

命を預け合うドライな関係 視線の先には「同じ夢」 登山家コンビ「平出和也×中島健郎」(前編)
(小島マサヒロ撮影)

平出 自分にないものを持っている相手への憧れや嫉妬心があるからこそ一緒にいられるんでしょうね。ただ、誰と組むかによって、自分が変わる必要はあると思います。健郎が自分よりも無鉄砲なタイプのパートナーと組んだとき、そこで慎重になれるかどうか。よりいいパートナーが現れて自分の成長できる場があれば、別の人と組んだほうがいいと思うし、僕たちも明日にはどうなるかわからない。そこでこの関係にこだわって可能性が狭まるのだとしたら……。

中島 お互いにとってもったいないですよね。

平出 そういう意味では意外とドライだと思いますよ。

【後編「もどかしさを感じないほうがおかしい」登ることを奪われた登山家コンビの葛藤 「平出和也×中島健郎」(後編)はこちら

■プロフィール

中島健郎(なかじま・けんろう)
1984年生まれ。奈良県出身。大学入学後、山岳部に所属。在学中に3度の海外遠征を経験し、未踏峰2座の登頂に成功。卒業後は海外トレッキングや登山のツアーガイドを務めながら山岳カメラマンとしての活動をスタート。平出和也氏とともに無酸素・未踏ルートで挑戦した2017年シスパーレ(7,611m)、2019年ラカポシ(7,788m)の登頂で登山界のアカデミー賞と称されるピオレドール賞を2度受賞。

平出和也(ひらいで・かずや)
1979年長野県出身。大学2年の秋に山岳部へ入部。4年生の春にはヒマラヤ山脈遠征に加わる。2008年、インド・カメット峰(7,756m)に登頂しピオレドール賞を日本人初受賞。2019年登頂のラカポシで日本人初の3度目のピオレドール賞を受賞。世界のトップクライマーの一人として高い評価を受けている。また山岳カメラマンとしても活躍中。

二人が所属する石井スポーツ公式サイト
https://www.ici-sports.com/

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