さだまさしがえらぶ

言葉の職人・
永六輔の遊びごころ・
浅田飴広告

浅田飴COOL 浅田飴COOL
2類医薬品
シンガー・ソングライター
さだまさしさん

日本のテレビ放送が始まった頃から放送作家として活躍した永六輔さんは、ラジオパーソナリティー、作詞家、随筆家としても知られ、多くの人の耳に残る「せき・こえ・のどに浅田飴」のCMナレーションを長年にわたって務めました。それだけではなく、雑誌『話の特集』の裏表紙に連載された浅田飴の広告コピーを、約30年書いていたことをご存じでしょうか。イラストレーターの山下勇三さんとのコンビで、「遊びを軽んじない毅然(きぜん)とした姿勢」を保ち、300点以上の作品を制作。公私ともに交流のあった歌手のさだまさしさんが、その魅力を紹介し、昭和から平成に知性とひらめきの軌跡を残した永六輔さんの思い出を語ります。

「自分が面白くなければ意味がない」永六輔さんが自ら楽しんで作った広告 「自分が面白くなければ意味がない」永六輔さんが自ら楽しんで作った広告

「自分が面白くなければ意味がない」

永六輔さんが自ら楽しんで作った広告

人をなめてはいけませんなめるなら浅田飴です。浅田飴をただの飴だとなめてはいけません。咳・声・喉に効く薬なのです。

plusButton
佐田君はいつも浅田飴を持っている。それを思い出したところ佐田君が来た!「ア、サダ、アメ!」

plusButton

30年も続いたんですね、浅田飴の雑誌広告。永さんの仕事だな〜と思いますね。今見ても面白いんです。山下勇三さんの絵がまたすばらしい。①は、飴なのに「なめんなよ」と、ちっとも怖くない彫り物を背負った永さんがすごんでいる(笑)。しゃれがきいていますよね。②は90年代に作られたもので、「佐田君」って僕のことですね。永さんがよくジョークを言っていたんですよ。「まさしがのど飴をなめている、あ、さだ飴」って。最近になってファンの人がそれを改めて発掘し、まさかと思ったら浅田飴さんが乗ってくれて(笑)、「あ、さだ飴」はコンサートグッズとして販売しています(ページの最後にプレゼント情報があります)。

浅田飴はゴンベンの味方です。話すにも語るにも謡うにも読むにも訴えるにも談ずるにも講ずるにも

plusButton
浅田飴が欲しい!喉から手が出るほど!

plusButton

③で、「ゴンベンの味方」と言っているように言葉の達人で、言葉を大事にしていました。④なんか、のどから手が出るほど飴が欲しい!なんて、わかりすぎる。いいなあ。本人が楽しんで作っていますよね。僕もそうなんですが、自分や周りの数人が楽しくないことは、世の中に出す意味がないと思うんです。まず身近なバンドメンバーにウケるステージが基本ですから。永さんと山下さんは楽しんで真剣に広告を作って、それにクライアントである浅田飴さんは口を出さず、好き勝手にやらせてくれてたんでしょう?おかしいですよね、会社として(笑)。それだけ永さんへの愛があり、お互いに信頼しあっていたんでしょうね。

作品を作ることと、お金のための仕事は別物なんですよ。お金にならなくてもうれしい仕事もあるし。だから永さんが浅田飴さんの広告をやりたくてやっていたのはすごくよくわかるんです。

永さんはいろんな活躍をした人ですが、僕は最初から彼はすごい詩人だと思っています。詩人だから変わったことをするんだなと。傑作がたくさんあるなかでも、一番好きなのは「遠くへ行きたい」ですね。僕は永さんに影響されて、ほうぼう旅をして、その土地のことを歌ってきましたが、旅人の視点での歌はないんです。「知らない街を歩いてみたい」という、あの詞を超えるものは書けないですからね。知らない街、というだけで、すぐ隣の駅でも旅になるんです。そんなことも教わりました。

秋の気配冬の気配を感じるのは赤とんぼや紅葉や風の冷たさいいえ喉です。喉は季節に敏感です。そんな時の浅田飴。

plusButton

本質は詩人だから、⑤のようなきれいなコピーも書けるんですよね。なんか照れがあって、ダジャレを入れたり、皮肉っぽくしたりしてしまうことが多いんでしょう。へそ曲がりなんですよ。だから、世の中で成功している人よりは、がんばっているのに恵まれない人に温かい。僕とはデビュー前からの知り合いですが、僕の「関白宣言」がヒットしてからは、「まさしはもう自分でやっているから」と言って、僕を使って何かやろうとはしなかったですね。

パーソナリティ・永六輔は僕の活動にも影響を与えた パーソナリティ・永六輔は僕の活動にも影響を与えた

パーソナリティー・永六輔は

僕の活動にも影響を与えた

永さんと会うといつも「まさし、時間ある?」と始まって、軟らかい話から哲学的な話、マユツバものの話まで、とにかく面白い話を聞かせてくれるんです。なにしろテレビもラジオも創成期に、その中心で作ってきた人ですからね、何もないところから作る面白さがあった。そして、何もないからこそ、むちゃができる有利さもあったと思うんです。思いついたことをどんどん実行して、旅をして、そこで偶然に知り合った人と縁をつないでいく。あの人には、伝えたいことがいっぱいあったんです。文章を書いたり公共の場で話したりする人間の責任として、知らないことを知る努力、知ったことを伝える努力を当然しなければと言っていました。それを実践していたんですね。

ある楽譜を調べるために、有名な音楽評論家の堀内敬三さんのところに通った話も偶然が縁になった例ですよ。堀内さんが実は浅田飴創業者の血筋で、取材しているうちに広告出演を頼まれたと……。そんなことって起きます? 当時、堀内敬三さんと浅田飴のつながりなんて誰も知りませんよ。それを普通の出来事のように話すんですから、驚きました。

僕も自分のできることをやろうとボランティア活動をしています。以前は、売名行為とか結局自分を売ろうとしているとか、そういう批判の言葉が細かい矢のように刺さって、痛かったんですよ。でも、東日本大震災のときから、それどころではないと。僕が行って喜んでくれる人がいればそこで歌ったりしゃべったりするのは、無償ですが仕事なんです。去年は西日本豪雨災害があって、浅田飴さんにも支援物資として飴を提供してもらい、現地に持って行き喜ばれました。泉谷しげるさんに言われた「“偽”善活動行こう」をその後も開き直って使っています。永さんがいたら、元気だったら、やはりなにか活動をしていたでしょう。

僕も永さんも、キャラクターを演じるのではなく、パーソナリティーなんですね。それは自分自身ですから変えようもない。パーソナリティーは、トークのなかにその人なりの哲学が感じられなければならない。その辺も僕が永さんの影響を強く受けているところです。

永さんの話ってしゃべりながら核心を探っていくんです。道筋はムダなようでムダじゃない。本当にあった面白いことのなかで、人にウケるところを誇張しますし、毒を持たせることも。小説を書いたり、テレビでしゃべったりする僕の「ひな形」は永六輔ですが、唯一違うところは自分で歌うこと。ライブに立つので、そこに毒は含ませられないんです。永さんほどの好き勝手はできなくて、やっぱりうらやましいですね。

さだ・まさし さだ・まさし

PROFILE

さだ・まさし/長崎市出身。シンガー・ソングライター、小説家。'73年フォークデュオ・グレープとしてデビュー。'76年ソロ・シンガーとして活動を開始。「関白宣言」「北の国から」など数々のヒット曲を生み出す。ソロデビュー以来、通算4400回を超えるコンサートのかたわら、小説家としても「解夏」「風に立つライオン」などを発表。多くの作品が映画化、テレビドラマ化されている。またNHK「今夜も生でさだまさし」のパーソナリティとしても人気を博している。2015年8月、風に立つライオン基金を設立(2017年7月、公益法人として認定)。様々な助成事業や被災地支援事業を行っている。2020年は新型コロナウイルス感染拡大に対し、医療従事者や介護・福祉従事者への支援としてマスクや医療用ガウンなどの物資支援、及び介護・福祉従事者への感染防止対策の人的支援を行う。
2020年5月20日、オリジナルアルバム『存在理由〜Raison d’être』をリリース。

TBSラジオの番組「たまむすび」(金曜日13:00〜15:30)で、
さだまさしさんのナレーションによる浅田飴CMが放送されています。

SHARE

PRESENT

あ、さだ飴 浅田飴薬用のど飴K

コンサート会場だけの特別品

「あ、さだ飴」をプレゼント!
〈広告主提供〉

さだまさしさんと浅田飴のコラボで実現した限定販売品「あ、さだ飴」を抽選で80個プレゼントします。「うた・こえ・トークに」「盛り上がりすぎていためたのどに」という、さださんのしゃれたコピーを配した、おなじみのブリキ缶入り。カリン味の指定医薬部外品です。
※15歳未満は服用できません。

ご応募の受付を終了しました

※当選者の発表はプレゼントの発送をもって代えさせていただきます。
※朝日新聞グループ(朝日新聞社、朝日新聞社のグループ企業およびASAなど朝日新聞を取り扱う新聞販売所)が取得した個人情報は、プレゼントの発送のほか、朝日新聞グループの事業活動に伴う(1)商品・サービスの配送・提供(2)商品・サービス・催し物の案内(3)既存の商品・サービスの改善や、新しい商品・サービスの開発などのための調査(4)提携企業等から提供された商品・サービス・催し物の案内およびプレゼントやアンケート類の送付などに利用します。