「自分が面白くなければ意味がない」
永六輔さんが自ら楽しんで作った広告
30年も続いたんですね、浅田飴の雑誌広告。永さんの仕事だな〜と思いますね。今見ても面白いんです。山下勇三さんの絵がまたすばらしい。①は、飴なのに「なめんなよ」と、ちっとも怖くない彫り物を背負った永さんがすごんでいる(笑)。しゃれがきいていますよね。②は90年代に作られたもので、「佐田君」って僕のことですね。永さんがよくジョークを言っていたんですよ。「まさしがのど飴をなめている、あ、さだ飴」って。最近になってファンの人がそれを改めて発掘し、まさかと思ったら浅田飴さんが乗ってくれて(笑)、「あ、さだ飴」はコンサートグッズとして販売しています(ページの最後にプレゼント情報があります)。
③で、「ゴンベンの味方」と言っているように言葉の達人で、言葉を大事にしていました。④なんか、のどから手が出るほど飴が欲しい!なんて、わかりすぎる。いいなあ。本人が楽しんで作っていますよね。僕もそうなんですが、自分や周りの数人が楽しくないことは、世の中に出す意味がないと思うんです。まず身近なバンドメンバーにウケるステージが基本ですから。永さんと山下さんは楽しんで真剣に広告を作って、それにクライアントである浅田飴さんは口を出さず、好き勝手にやらせてくれてたんでしょう?おかしいですよね、会社として(笑)。それだけ永さんへの愛があり、お互いに信頼しあっていたんでしょうね。
作品を作ることと、お金のための仕事は別物なんですよ。お金にならなくてもうれしい仕事もあるし。だから永さんが浅田飴さんの広告をやりたくてやっていたのはすごくよくわかるんです。
永さんはいろんな活躍をした人ですが、僕は最初から彼はすごい詩人だと思っています。詩人だから変わったことをするんだなと。傑作がたくさんあるなかでも、一番好きなのは「遠くへ行きたい」ですね。僕は永さんに影響されて、ほうぼう旅をして、その土地のことを歌ってきましたが、旅人の視点での歌はないんです。「知らない街を歩いてみたい」という、あの詞を超えるものは書けないですからね。知らない街、というだけで、すぐ隣の駅でも旅になるんです。そんなことも教わりました。
本質は詩人だから、⑤のようなきれいなコピーも書けるんですよね。なんか照れがあって、ダジャレを入れたり、皮肉っぽくしたりしてしまうことが多いんでしょう。へそ曲がりなんですよ。だから、世の中で成功している人よりは、がんばっているのに恵まれない人に温かい。僕とはデビュー前からの知り合いですが、僕の「関白宣言」がヒットしてからは、「まさしはもう自分でやっているから」と言って、僕を使って何かやろうとはしなかったですね。
パーソナリティー・永六輔は
僕の活動にも影響を与えた
永さんと会うといつも「まさし、時間ある?」と始まって、軟らかい話から哲学的な話、マユツバものの話まで、とにかく面白い話を聞かせてくれるんです。なにしろテレビもラジオも創成期に、その中心で作ってきた人ですからね、何もないところから作る面白さがあった。そして、何もないからこそ、むちゃができる有利さもあったと思うんです。思いついたことをどんどん実行して、旅をして、そこで偶然に知り合った人と縁をつないでいく。あの人には、伝えたいことがいっぱいあったんです。文章を書いたり公共の場で話したりする人間の責任として、知らないことを知る努力、知ったことを伝える努力を当然しなければと言っていました。それを実践していたんですね。
ある楽譜を調べるために、有名な音楽評論家の堀内敬三さんのところに通った話も偶然が縁になった例ですよ。堀内さんが実は浅田飴創業者の血筋で、取材しているうちに広告出演を頼まれたと……。そんなことって起きます? 当時、堀内敬三さんと浅田飴のつながりなんて誰も知りませんよ。それを普通の出来事のように話すんですから、驚きました。
僕も自分のできることをやろうとボランティア活動をしています。以前は、売名行為とか結局自分を売ろうとしているとか、そういう批判の言葉が細かい矢のように刺さって、痛かったんですよ。でも、東日本大震災のときから、それどころではないと。僕が行って喜んでくれる人がいればそこで歌ったりしゃべったりするのは、無償ですが仕事なんです。去年は西日本豪雨災害があって、浅田飴さんにも支援物資として飴を提供してもらい、現地に持って行き喜ばれました。泉谷しげるさんに言われた「“偽”善活動行こう」をその後も開き直って使っています。永さんがいたら、元気だったら、やはりなにか活動をしていたでしょう。
僕も永さんも、キャラクターを演じるのではなく、パーソナリティーなんですね。それは自分自身ですから変えようもない。パーソナリティーは、トークのなかにその人なりの哲学が感じられなければならない。その辺も僕が永さんの影響を強く受けているところです。
永さんの話ってしゃべりながら核心を探っていくんです。道筋はムダなようでムダじゃない。本当にあった面白いことのなかで、人にウケるところを誇張しますし、毒を持たせることも。小説を書いたり、テレビでしゃべったりする僕の「ひな形」は永六輔ですが、唯一違うところは自分で歌うこと。ライブに立つので、そこに毒は含ませられないんです。永さんほどの好き勝手はできなくて、やっぱりうらやましいですね。
