照明を落とした暗い場内で、コートだけが明々と照らし出されている。にぎやかな音楽と明滅するライトのなか、名前をコールされて入場してくる選手たちは、まるでレッドカーペットを歩くハリウッドスターのよう。スイスの古都バーゼルで8月24・25日(現地日程)に開催された「バドミントン世界選手権大会」「パラバドミントン世界選手権大会」の準決勝と決勝を、朝日新聞小学生記者が取材した。
この4人、実は今年の「ダイハツ全国小学生ABCバドミントン大会」で優秀な成績を収めた選手たち。子どもらしい感性と、競技者ならではの視点を持つ彼らの目に映った、世界最高峰の舞台とは。
全国47都道府県48会場の予選を勝ち抜いた小学生が、頂点の座をかけて戦うバドミントン大会。過去の優勝者には髙橋礼華選手や松友美佐紀選手など日本代表として活躍する選手も名を連ね、トッププレイヤーへの登竜門として知られている。今年8月で第20回を迎えた。
小学生記者としての初仕事は、到着翌日の24日朝から。やや眠そうな面持ちで会場のセイント・ジャコブ・ホールに向かうと、そこは小学生の大会とは規模もレベルもすべてが違う世界。ライブ会場のような空間に、真剣勝負の緊張感が漂う。繰り出されるスーパープレー。国ごとに違うユニークな応援。子どもたちは目を輝かせた。
大会6日目のこの日、バドミントン日本勢は男・女・混合のシングルスとダブルスすべてのカテゴリで準決勝に選手が勝ち残っている状況。福島由紀・廣田彩花(フクヒロ)ペアが中国ペアと対戦した女子ダブルスを観戦した阿部果凛さんは、小学生の試合のように意図せず球が浮いてしまう場面が一切ないことに驚いた。「上げるのは立て直す時間がほしい時だけ。少しでも浮いたら積極的にプッシュ(※)しにいっている」。手元のメモにそう書き込んだ。
奥原希望選手の女子シングルス準決勝は、1時間半に迫る長い勝負のすえに劇的な逆転勝ち。小学生たちも固唾(かたず)をのんで見守り、ポイントに一喜一憂した。取材メモは、選手2人の名前と試合開始時刻が書かれたまま、以降は白紙の小学生記者も。思わず取材を忘れてしまうほどの熱戦だったことを物語る。
※プッシュ/ネット前に上がった球を相手コートに押し込むように打つショット。
翌日の決勝は、日本人ペア対決となった女子ダブルスから。1ゲームずつ取り合い、しかも全3ゲームのうち2ゲームがデュースにもつれ込む大接戦に、世界選手権という舞台にかける選手たちの思いの強さをあらためて感じた。
彼らがこの日、特に楽しみにしていたのが桃田賢斗選手の男子シングルス。前日の準決勝は別の取材と時間が重なり、ほとんど観戦できなかったからだ。試合が始まると第1ゲームこそ先行を許したものの、その後は8連続、9連続とポイントを重ね、結局終わってみれば今大会では1ゲームも落とすことのない完全優勝。「相手のほうが身長もパワーもあるのに、桃田選手がスマッシュを打つと一発で決まる。攻撃力・防御力が飛び抜けている」(木根知哉さん)、「いつも通りの実力を発揮して、前回負けた相手を素晴らしい内容で圧倒」(澤田修志さん)。彼らの言葉も賞賛一色だった。
──試合中のインターバルは選手にどんなアドバイスをしますか?(阿部さん)
主にメンタル面のことですね。あまり色々いうと選手は頭が痛くなるでしょうから(笑)、なるべくシンプルに、ポジティブなイメージを持たせるようにアドバイスします。
──準決勝の奥原選手は、途中からの大逆転。朴コーチはどんな声をかけましたか?(木根さん)
初めのうち奥原はクリア(※1)ばかりで攻撃が遅れる場面が目立ったので、早めにカット(※2)してリズムを変えるようアドバイスしました。後半は相手の攻撃が連続しなくなったので、そのプレーが良かったと思います。
──普段、選手たちに教えている一番大切なことは何ですか?(神尾さん)
試合中の選手は相手ではなく、自分自身に負けていることがあります。大切なのは自信。勝ち負けは気にせず自分の力を出そうと言います。悪いところは試合が終わってから反省すればいいのですから。
──朴コーチの考える理想のプレーってどんなことですか?(澤田さん)
世界のバドミントンはどんどんスピードが速くなっています。また、試合時間は長くなっているのでスタミナも重要。フィジカルを鍛え、パターン練習もなるべくスピードを上げて取り組むことが大切です。
──小学生選手たちにメッセージをお願いします。
ナショナルチームでも基礎練習を毎日やるので、みなさんもフットワークやパターン練習を毎日続けて基礎を磨いてください。まずはジュニア代表、そして将来は桃田選手や奥原選手のようになってくれることを期待しています。
[インタビュー中、記名のない質問は朝日新聞スタッフによるもの。以下同様。]
※1 クリア/コート後方から相手の後方に打つショット。
※2 カット/鋭角に斜めに切るように打つショット。
2017年1月、デンマークのマッズ・コールディング選手が、所属するインドプレミアリーグ「チェンナイ・スマッシャーズ」での試合中に記録した。
2013年3月にパキスタンの2選手が達成。パンジャブ州ラホールで開催されたイベントでの記録だが、挑戦した2人はどちらもパキスタン有数の選手。
来年の東京大会で正式種目となり、現在注目が高まる障がい者バドミントン。バドミントンとの世界選手権同時開催は今大会が初であり、日本の選手たちも気合十分で臨んだ。自分たちが普段取り組んでいる競技とはちょっと違う。でも大いに教えられることがある。障がい者バドミントン選手たちの懸命のプレーに、小学生記者は何を感じ取ったのだろう。
これまで多くの大会に出場してきた日本有数の小学生選手である4人も、障がい者バドミントンの試合を生で観戦するのはこの時が初めて。24日、男子シングルスに出場した下肢障がいの藤原大輔選手は片足が義足だが、ジャンプや思い切りのいい飛び込みを見ているとそのことを忘れそうになる。「歩くのも大変そうな人たちがバドミントンをしていてすごい。義足でもフットワークがきれいにできていた」。神尾さんは、その技術の高さをこう記した。
「体幹がしっかりしていて、とても障がい者に見えない。バランスをとるのが難しいと思うのにプレーの精度がとても高い」。メモにそう書いたのは澤田さん。体の使い方は自分たちとどこが同じで、どこが違うのか。そんな気付きが、選手としての彼らに大いに刺激を与えたようだ。
2日間にわたり様々なクラスの試合を観戦した4人が、なかでも強い印象を受けたのが車いすでのプレー。後ろを狙われた時は、背もたれがほとんどないバドミントン用車いすの特性を生かし、ラケットが床につきそうなほど上体を反ってから打つ。そんな姿がダイナミックに見えたからだ。ダブルスの福家育美選手、小倉理恵選手の試合後、阿部さんは、「後ろに追い込まれてから、体を大きく反って相手コートの奥深くまで返すのがすごかった」と書き留めた。
コートの広さは通常の半分。狙えるスペースが少ないため、試合は互いにミスを避けながらの我慢比べになることも多い。そんな予備知識があったわけでもないのに、正確に観察していたのが木根さん。「スマッシュを打ってもあまり決まらないので、コートを広く使って相手を動かしミスを待つのがポイント」とつづった。
──今大会ではシングルスとダブルスで銅メダルを獲得。両方の準備を同時にやるのは難しくないですか?(木根さん)
コートでの動きそのものは大きく変わりませんが、戦い方は違うので切り替えはたしかに難しかったですね。でもとにかく全力を出し切ろうとしたことが結果につながったと思います。
──亀山選手の得意なショットはどんなショットですか?(澤田さん)
得意なのはクロスヘアピン(※)。今大会でも、特にダブルスでは何度も使ったし、決めることができました。
──健常者とは違う特別な練習法はありますか?(阿部さん)
私の場合、下肢は悪くないので動きの面では健常者と同じですし、練習も健常者と一緒にやっています。ただサーブは少しやりにくいので、サーブ練習は集中的にやるようにしています。
──左手が思うように使えないことで、打ちにくいショットや難しいプレーがありますか?(神尾さん)
バランスを取るのがちょっと難しいというのはあります。前に取りにいく時など、バランスが崩れやすくなります。あとはフォア側のクリアを打つ時は、体が開いてしまうのでお腹に力を入れて打つように意識しています。
──小学生選手たちにアドバイスをお願いします。
これから上を目指すとなると練習はきつくなると思いますが、それに負けないでください。苦しくてもやる時は、逃げずにしっかりやること。でも楽しむ時は楽しんでいい。そのメリハリをうまくつけてほしいと思います。
※クロスヘアピン/ヘアピンは、ネット前に上がった球を軽いタッチで相手のネット前に落とすショット。クロスはそれを自分から見て対角線に入れること。
──足に障がいがあることで難しい動きや、やりにくいプレーはありますか。(木根さん)
足のある状態がわからないので比較はできないですね(笑)。やりにくいことがあるのかもしれませんが、今ある力、持っているものでできる限りの事をしようと心がけています。
──打ちにくいショットはありますか?(澤田さん)
カットスマッシュ(※)のような通常より早いタイミングで繰り出されるショットに対して初動が遅れがちですね。今大会では、うまく状況を作られてそこにハマってしまった感じでした。そうされないようにすることが今後の課題です。
──どんな練習やトレーニングをしていますか?(神尾さん)
みんなと同じだと思います。ウエイトトレーニングもするし、走る量もかなり多いです。ただ、練習後に痛くなる部分はみんなとは違うので、そこのケアは意識してやっています。
──練習やトレーニングの量は健常者と違いますか?(阿部さん)
自分がどこを目指すか次第だと思いますが、パラだからこの程度でいい、ということはありません。むしろ健常者以上に努力しないと僕らは戦えないので、みんなよりもたくさん努力してコートに立とうと心がけています。
──世界選手権を終えて、次の目標とそこへの意気込みを聞かせてください。
次の大会はもう2週間後です。今から練習してすぐに何か変わるものではないですが、気持ちやメンタル面は自分次第で大きく変わる。練習以外の時間もそれを意識しながら過ごしたいと思います。
※カットスマッシュ/球に対してラケットを斜めに切るように打ち付けるショット。通常のスマッシュとほぼ同じフォームでありながら、球はネットを越えたあたりで減速し角度も落ちる。
──体を大きく反らして打つショットは難しくないですか?(木根さん)
パラ競技用の車いすにも、すごく低い背もたれはあるんです。私は腹筋・背筋が使えないクラスなので、反るというよりそこに上体をあずけるようにして打っています。その動きはたしかにつらいですね。
──試合ではクリアの打ち合いが目立っていました。それはなぜですか?(澤田さん)
車いすの試合では、相手を下げて球を前に落とすというのがひとつのセオリーです。だから私たちは、いつも正確にクリアを打てるように練習しています。
──試合中、上がって下がってを繰り返すのは疲れませんか?(阿部さん)
腹筋・背筋が使えない私たちは、腕の力だけで車いすをコントロールする必要があります。それは疲れますし、簡単ではありません。
──球を前に落とされた時、腕を伸ばして打つと転びそうになりませんか?(神尾さん)
勢いよく走っていって前の球を取ろうとすると、後輪が浮いて危ない場面は今大会でも何度かありました。ただ、試合中はとにかく拾うことしか考えていないので怖さは感じません。
──将来大きな国際大会に出場するかもしれない彼らにアドバイスをお願いします。
大会ではもちろんメダルをとりたいし、負けたらどうしようという怖さもありますが、こんなにたくさんの国の人たちとバドミントンができるのはすごく楽しいことです。楽しみながら自分がそれまでやってきたことを出せれば、おのずと結果はついてくると思います。
──低身長でいちばん大変なことは何ですか?(阿部さん)
コートの広さもネットの高さも健常者と同じなので、僕たちはフットワークをうまく使ったり、プレーのスピードを速くしたりすることをいつも心がけています。それが大変といえば大変です。
──ドリブンクリア(※)は拾いにくいですか?(神尾さん)
そうですね、ハイクリアよりも速く遠くまで届くドリブンクリアのほうが、コートが広い僕らにとっては難しい。だからこそ自分が攻める時は、そういうショットを狙っていきます。
──打ちにくいショットはありますか?(澤田さん)
角度をつけたスマッシュは打ちにくいので、狙う長さを変えたりタイミングをずらしたり、いろいろ工夫しています。
──ジャンプスマッシュも打ちますか? 打つと決まりますか?(木根さん)
低身長クラスでは決まらないことが多いですね。相手を下げてから前に落とすなど、コートを広く使ってポイントを稼ぐのが僕たちの一般的な戦い方です。
──これからのバドミントンを担う選手たちにメッセージをお願いします。
練習は苦しいものだし、誰にとっても楽しくありません。でも練習を苦しむからこそ、試合が楽しめるんだと思います。僕は3年前にテレビでリオのパラ大会を見たことがきっかけで競技を始めました。もちろん最初からうまくできたわけではありませんが、めげずに練習を続けたおかげで今ここにいます。ぜひ、「練習は苦しく、試合は楽しく」をモットーに頑張ってください。
※ドリブンクリア・ハイクリア/クリアはコート後方から相手後方に打つショット。高い軌道で後ろのラインぎりぎりまで飛ばすハイクリアは守備的、低く速いドリブンクリアは攻撃的とされる。
障がい者バドミントンは主に「立位」と「車いす」のふたつのクラスに分けられ、さらにそれぞれの中で障がいのある部位や程度によって全6クラスに分けられる。なお、ダブルスの場合は「ポイント」の制限がある。クラス分けを表す「WH1」の「1」などアルファベットの後の数字が、「車いす男子」であれば2選手合計で3ポイント以下、「立位女子」であれば合計8ポイント以下など細かく規定されている。
車いすのシングルスはコートの半面を使用。ネット近くに引かれた「サービスライン」とネットの間にシャトルが落ちるとアウト。ネットの高さは、低身長クラスも含めて通常と同じ。中央で152.4cm、ダブルスのサイドライン上で155.0cmとなる。
わずか5日間の滞在、2日間の世界選手権観戦・取材という駆け足のスケジュールだったものの、柔軟な彼らの心は、この経験から多くのものを吸収したようだ。この小学生記者たちの顔と名前を、どうか覚えていてほしい。近い将来、この4人が世界選手権のコートに立っている可能性はきわめて高いのだから。
小学生の試合ではお互いすぐに決めよう決めようとしすぎるけど、世界のトップ選手はチャンスを待って、相手を崩してから丁寧に決める。それがこの大会を見て僕がいちばん印象に残ったことです。障がい者バドミントンの試合も見ることができて、こんなプレーがあるんだ、こんなこともできるんだ、といろいろ学べました。小学生最後の夏に最高の思い出ができて幸せです。
障がい者バドミントンの選手で、股抜きとかのトリックプレーをいっぱいやって、それでも圧勝している人がいて印象に残りました。勝負に勝つこと以前に、バドミントンができることがとても楽しそうだったからです。トップ選手は無理に攻めずにしっかり拾って、チャンスが来たらきっちり決める。僕もそういうプレーができるように、ノックやパターン練習をたくさんしていきたいです。
女子シングルス決勝で、早いテンポでどんどん勝負を仕掛けて、奥原選手の得意なラリー勝負に持ち込ませなかったインドのプサルラ選手がすごいと思いました。選手やコーチへのインタビューでは最初緊張したけど、日本代表選手の練習内容も知ることができて良かったです。これからは練習がつらい時も、代表選手もこの苦しさを乗り越えてきたんだと思うとがんばれる気がします。
永原・松本ペアと福島・廣田ペアの女子ダブルス決勝は、ラリーがなかなか切れなくて、プッシュをひたすら拾い合っていてドキドキしました。あと、その他の試合で面白かったのがヘアピン(※)勝負。どの選手もネットぎりぎりにヘアピンを打つのがうまくて、どっちのポイントになるか予想がつかないからです。インタビュー取材は緊張したけど、最後のほうは慣れてきて楽しめました。
※ヘアピン/ネット前に上がった球を軽いタッチで相手のネット前に落とすショット。