「2050年ネット・ゼロ」は
環境・エネルギー・経済の問題

2050年ネット・ゼロとはどんな挑戦なのか。その実現をめざすうえで何が課題なのか。そして私たち一人ひとりに求められる覚悟とは――。国際環境経済研究所の竹内純子理事に、エネルギー政策における日本の現状と課題、国や企業、生活者それぞれに期待する役割を聞いた。
知ること。覚悟を持つこと。挑戦し続けること。
エネルギーは、私たちの暮らしと産業のすべてに関わっています。社会が動く限りはCO2が発生するというのが現実であり、これは私たちが普段の生活で少し省エネを心がけるといったマインド次第で解決する問題ではありません。2050年ネット・ゼロというのは、この社会を支えるエネルギーインフラそのものを見直し、考え直していくこと。言い換えれば暮らし、仕事、社会そのものを大きく変革していくことを意味しています。
長年にわたり、世界では地球温暖化の問題について議論され、さまざまな取り組みが行われていますが、CO2の排出は続いています。なぜかといえば、私たちの社会が動き続けているから。特定の“誰か”ではなく、現代を生きる “誰もが”この問題の当事者です。誰かを非難して解決する問題ではありません。
エネルギー政策において大切なのは、エネルギー安定供給・安全保障、エコノミー(経済性)、エコロジー(環境性)の「3E」といわれます。社会を支えるエネルギーの安定供給を一瞬も止めないこと。経済性を十分に保つこと。環境への影響を極力小さくすること。どれひとつとして犠牲にして良いものはなく、つまるところエネルギー政策とは、トレードオフの関係に陥りがちな3Eのバランスを取るということに尽きます。
現状、国際的な潮流もあって、わが国のエネルギー政策の軸足は環境性に大きく拠った形になっています。これまで経済成長とともにエネルギー消費量は伸び続け、そしてCO2排出量も基本的に増加を続けてきました。これをあと30年で実質ゼロにするのですから、これはもう社会変革というべき大転換です。社会変革のチャンスでもありますが、需要側と供給側の両方を同時に変革していくこと、エネルギー供給は一瞬も途切れさせずに大転換を進めることが至難の業であることは言うまでもありません。
まず、2050年カーボンニュートラルに向けて、まず必要なのは、これが「ちょっと省エネ」とか「再エネを増やす」といったレベルではない社会変革だということを知ること。登る山の高さをまず認識する必要があります。
そして、この変革によって社会がより良い方向に行くことが期待されるわけですが、変革に痛みを伴うことも覚悟しなければなりません。増える雇用もありますが、失われる雇用もあるでしょう。高コストでも低炭素・脱炭素の技術を普及させるには補助金などの制度が必要で、その原資は我々の払う税金です。
それでもこの山に登ると決めた以上、挑戦し続けることが必要です。エネルギー供給側だけでなく、需要側でもイノベーションが求められるでしょう。これから数十年かけて、この社会変革を成し遂げなければなりません。
国あるいは一部のエネルギー事業者に委ねるのではなく、消費者一人ひとりも含めた挑戦なのだと思います。
2050年のエネルギーベストミックスをめざして
これからのエネルギー政策は脱炭素に向けた総力戦と言われます。昨年10月の首相の所信表明演説以降、政府内で様々な議論が行われてきました。私も委員を拝命していたグリーンイノベーション推進戦略会議が昨年12月に公表した戦略に関連して、重要なポイントを3点指摘したいと思います。1点目が、2050年までの時間軸を明確に意識すること。都市契約やインフラ整備計画は常に30年、40年がかりです。その感覚でいえば、2050年までの時間は長いとは言えません。30年後に実験に成功していれば良いわけではなく、社会実装していなければならない訳ですから、今既にある技術のもう一歩の利便性向上やビジネスモデルの改善などを着実に進める必要があります。その際、重要なのはコスト意識。エネルギーはあくまでも手段なので、結局、コストが高ければ普及しません。大幅な低炭素化・脱炭素化には、安価なCO2削減手段が必要です。
2点目が、技術開発を後押しする国の体制について。これまでは、いわば中央集権的に大規模集中型の研究開発を国がリードしてきましたが、2050年の最適解が何かは誰にもわかりません。例えばスタートアップが生まれやすい、あるいは、成長しやすい土壌を整えることで、多様な技術やビジネスモデルのトライアルを可能にすることも必要です。政府は2兆円規模の基金を作って、イノベーションを促進する方針を打ち出しています。具体的にその基金をどう運用するのかは非常に重要でしょう。長期的に民間の技術開発を支援する環境を整備しつつ、技術開発の切磋琢磨が起きるような工夫がされることを期待しています。
3点目はエネルギー供給側だけでなく、需要側の変革にも目配りをすること。大幅な低炭素化のセオリーは、需要側の電化と電源の低炭素化の同時進行です。いま、運輸部門で電気自動車の普及拡大が議論されているのは、ガソリン車を電動車に乗り換え、電気を再生可能エネルギーあるいは原子力など低炭素な方法で作る。この掛け算が必要だと考えられているからです。ただ、消費者が車を選ぶのは低炭素かどうかといった観点からだけではありません。初期投資やランニングコスト、利便性や好みなどトータルで考えるわけです。それだけに消費者のニーズを的確にくみ取り、消費者に選ばれる商品・サービスを提供していくことで、変革を促す必要があります。
「2050年ネット・ゼロ」が社会変革であると表現したのは、このように需要側、消費者サイドでも大転換が必要だからです。そしてこれは、環境問題ではなく、エネルギー問題であり経済問題であり、生活の問題であるということは、議論の中で必ず意識する必要があると思っています。
国だけでなく企業や生活者もこの挑戦の主役
3月の初めに、地球温暖化対策推進法の一部改正が閣議決定されました。そのなかで、2050年ネット・ゼロを実現するために連携すべき「関係者」の筆頭に、国民という言葉が挙げられています。国民、つまり企業であり私たち生活者です。究極の生活財・生産財であるエネルギーの構造を作り替え、ネット・ゼロをめざすためには、この社会変革の意味をきちんと可視化・価値化して伝えることが重要です。その点で、資源バリューチェーンの川上から川下までさまざまな産業に接点を持つ三菱商事のような企業には、今後多くの役割を担っていただく必要がありますし、それに応えていただけるものと期待もしています。
エネルギー政策は、その国の天然資源の埋蔵量や産業構造、気象条件や地形、国民の価値観など事情で十人十色ならぬ十国十色です。日本は化石燃料資源に乏しく、これまで資源の効率利用や低炭素化に向けて努力してきたことは疑いようのない事実ですが、できていないことも多々あります。ただ脱炭素化という世界的な目標への努力の仕方はその国それぞれで違って良いものですし、日本は、世界の低炭素化に貢献することができると思っています。
経済発展が続くアジア諸国が本格的な脱炭素社会に向かうまで、当面は化石燃料に頼らざるを得ないとしたら、その低炭素化を支援することも日本の役割でしょう。欧州や米国の理屈が世界で通じるわけではありません。日本あるいはアジアとしてはこう考える、このように脱炭素を進めていくんだということをもっと発信すべきですし、そうした発信においても企業にできることは少なくないと思っています。
気候変動のリスクと、エネルギー構造の転換に伴うリスクの両方を見据えながら、持続可能な成長をめざすこと。残された時間は少なく難しい挑戦ではありますが、私たち一人ひとりが知ること、気づくことがその第一歩となります。地球の上で暮らす限り、この問題に部外者はいません。みなさんと一緒に考えていけたらと思います。(談)
NPO法人国際環境経済研究所理事・主席研究員
竹内純子さん
たけうち・すみこ/地球温暖化の国際交渉や環境・エネルギー政策への提言等に関わり、国連の気候変動枠組条約交渉にも参加。2018年10月、U3InnovationsLLCを創業。政策とビジネス両面からエネルギー変革に取り組む。内閣府規制改革推進会議や、経済産業省の産業構造審議会地球環境賞委員会、水素・燃料電池戦略協議会、グリーンイノベーション戦略推進会議など多数歴任。著書に『誤解だらけの電力問題』、編著書に『エネルギー産業の2050年 Utility 3.0へのゲームチェンジ』など。




