広野雅明
SAPIX教育事業本部長藤岡陽子
作家努力の大切さを学べる
受験勉強に無駄はない
親子で苦楽をわかちあう
受験にはドラマがある
広野 藤岡さんが2021年に発表した『金の角持つ子どもたち』は中学受験をテーマにしています。なぜこのような小説を書こうと思われたのですか。
藤岡 私には現在、24歳の娘と高校3年生の息子がいますが、二人とも中学受験を経験しています。受験と言うと机に向かって勉強しているだけ、というイメージがあるかもしれません。でも努力の積み重ねによって高い目標に挑戦するといった意味では、スポーツや音楽の世界と同じです。そんな子どもの奮闘を応援する親との間には数々のドラマがあります。私自身の経験をもとに、そんなドラマチックな中学受験の世界を描きたかったんです。
広野 この作品は、子どもに中学受験をさせるかさせないかといった、家族の葛藤から物語が始まります。
藤岡 私の両親もそうでしたが、主人公の両親は高卒で、中学受験のことなどまったくわかっていません。子どもから突然、中学受験をしたいと言われてとまどい、中学受験とはそもそも何なのかといったところから、子どもと一緒に学んでいきます。
広野 受験をテーマにしたドラマなどでは、よくスーパー先生が型破りな勉強法で生徒の学力を劇的に上げたりします。私もそんなことができたらいいなと思いますが、現実にはそんなことはありえません。受験勉強では基礎固めと量をこなすこと、コツコツ努力することが何より大事です。この作品の塾の先生もそう言っていますね。
藤岡 学問に王道はないですよね。勉強が一足飛びにできるようになるなんてことはない。中学受験は小学生時代からの積み上げが大事だと、自分の子どもの経験からも痛感します。
広野 私は塾の先生たちが「なぜ自分は塾の先生になったのか」を語り合っているシーンが印象的でした。ある先生がこれからますます厳しくなる社会を生きる子どもたちに、学力という武器を与えたいと言います。そのうえで「努力することの確実さを、小学生の頃に肌で覚えてほしい」「勉強は努力を学ぶのに一番適した分野だ。学力は人生を裏切らない」「勉強に関していえば、努力をすれば必ず結果がついてくる」と言います。私も中学受験で頑張った経験は、結果がどうあれ無駄にならない。努力した経験は一生の財産になると思っています。
藤岡 うちの長女は中学受験のために小学生時代、猛勉強しました。けれど志望校には入れなかったんです。中学高校時代は部活に夢中で、勉強はほとんどしていませんでした。でも獣医師になりたいという夢ができると、獣医学部を目指して猛勉強を始めました。今は国家試験を前にした卒業試験のための勉強をしていますが、「中学受験の時のことを思い出して頑張っている」と言っています。小学校の時の頑張りは、決して無駄ではなかったと思います。
広野 この小説は中学受験で頑張っているけれど、なかなか結果が出ずに焦っている親子にもぜひ読んでいただきたいですね。ちなみに『僕たちは我慢している』は、数多くの難関中高一貫校の入試問題の題材としてもよく使われています。
広野 今年発表された『僕たちは我慢している』では、中高一貫校の男子高校生が難関大学の受験に挑む姿が描かれています。
藤岡 この作品では東大に毎年、100人以上合格するような超進学校をモデルに、3人の男子高校生の学校生活を描いています。一人は部活と勉強の両立に、一人は家庭の経済状況のため大学進学が難しい状況に悩んでいます。もう一人は開業医の父親から医学部に行けと言われるものの、行きたくなくて反発している。かといって目標や行きたい大学があるわけでもない。そんなごく普通の高校生の普遍的な悩みと奮闘をテーマにしています。
広野 この作品を読んだ塾の関係者は「あの学校をモデルにしているのだろう」とすぐピンとくるはずです。それほどこの作品では、中高一貫進学校の学校生活がリアルに描かれています。中学受験を目指すお子さんや保護者も、読むと進学後の学校生活がイメージできるでしょう。
藤岡 名門進学校では成績優秀なトップの子の背中を見て、他の子どもたちが自然と頑張ります。また子どもは好きな先生の科目は自然と頑張るものです。この小説では、そんな先生と生徒の出会いも描きました。この小説で書いていることはほとんど、自分の子どもの学校生活を通じて私自身が感じたことです。
広野 このような中高一貫進学校に入るための入試では読解力が重視されています。「子どもが本を読まない」「子どもの国語力を伸ばしたい」と悩む保護者へのアドバイスがあればお願いします。
藤岡 本を沢山読むと、色々な人の人生を知ることができます。大事なことを判断する際の選択肢が増え、正しい選択に近づきます。そのようなことを子どもにはよく言ってきました。国語が苦手な息子と話す時は、正しい文法を意識し、できるだけ難しい言葉を使っています。例えば「広野先生と私の考えは違う」と言いたい場合、「広野先生と私の意見には乖離(かいり)がある」とあえて言うんです。
広野 受験生を支える親が心がけるべきことはどんなことでしょうか。
藤岡 親も共に受験に向き合い、苦楽をわかちあうことが大事だと思います。私は子どもが苦手な科目を勉強する時は、隣に座って一緒に勉強しました。数学の難問に息子がお手上げだった時は、私がネットで調べて解き方を勉強し、息子に教えました。子どもの成績が伸び悩んでいる時は、「今日は朝起きることができてすごいね」「毎日、塾に行けて偉いね」などと勉強以外のことを褒めるよう心がけました。
広野 なるほど。子どもはちょっとした声かけ一つでやる気になるものです。
藤岡 もう一つ、学習計画を常に一緒に立てていましたね。子どもは時間に対する概念が大人より弱く、受験までの時間が限られていることを感覚的にわかっていなかったりします。そこで例えば、夏休みの40日で何ができるかを二人で考え、紙に書いてよく目に入る場所に貼りました。そうするだけで、子どもは自然と時間を意識するようになります。子どものうちにスケジュール感覚を身につけておくことは、とても大切だと思います。
広野 すばらしいですね。最後に今回の対談のテーマ「言葉の力で未来を変える」に込めた思いを聞かせてください。
藤岡 子どもはお父さん、お母さんからかけられた言葉を大人になってもすごくよく覚えています。その言葉が生きるうえでの指針や支えになったりもします。何かを決めるときに、その言葉をふと思い出したりするものなんです。娘の高校時代の先生からも、「生徒が進路を決める上で一番の要因となるのは母親からの言葉です」と言われたことがあります。だから私は子どもに言葉を発する時は今、この子にはどんな言葉を投げかけるべきか、すごくよく考えます。
広野 小説家だけになおさらですね。
藤岡 小説のセリフを考えるのと同じくらい、真剣に考えます。野球に夢中になっていたため学力が低下していた息子に、長文の手紙を書いて渡したこともあります。「学力というあなたの武器を失わないでほしいから、部活が終わる中3から勉強を頑張ってほしい」といった自分の思いを心を込めて、率直に伝えました。そのかいあってか彼は、高校から勉強をものすごく頑張るようになりました。その時、親の思いをきちんと言葉で伝えることが、子どもの未来を変えることになるのだと痛感しました。たとえその時はわかってもらえなくてもいい。いつかその言葉をもとに、子どもが自分の道を決めていくこともある。そういった意味でも親からの言葉は、子どもにとって宝物だと思います。