髙宮敏郎
SAPIX YOZEMI GROUP新井紀子
国立情報学研究所 情報社会相関研究系
髙宮 新井先生は以前から「いずれAIによって多くの人々の仕事が奪われる」と警鐘を鳴らしてこられました。現在のチャットGPTをはじめとした対話型生成AIのブームをどのように見ていますか。
新井 AIの性能が短期間でここまで向上したことには驚いています。チャットGPTは、もはや人間の知能と見分けがつかないほどの能力をもっています。現在の知的労働者やホワイトカラーの仕事は大幅に効率化され、いずれは多くの人が職を奪われる可能性があると危惧しています。
髙宮 将来、AIに代替されないために、人間にはどのような能力が求められるのでしょうか。
新井 現在のAIは、人間が何度生まれ変わっても読みきれないほど大量のテキストデータを学習しています。ですからどれだけ多くの知識、情報を処理できるかでAIに勝てる人はいません。
髙宮 人間はAIにできないことをする必要があると?
新井 AIと人間の一番の違いは、AIは身体をもっていないことです。またすべてを抽象的なデータから学んでいることです。ですから自分の身体や五感を使い、現実世界のなかでの体験を通して体得した知恵は、人間ならではの最大の武器となります。
髙宮 身体をもたないAIは主体性やコミュニケーション能力、共感性や倫理観といった非認知能力をもっていません。近年、非認知能力の重要性が指摘されていますが、AI時代にはますます大切になってくるわけですね。
新井 非認知能力を身につけるには5歳までの教育が重要だと言われています。保育園で子供たちはけんかをしては仲直りする。みんなで仲良く遊ぶためのルールを編み出す。かけっこで勝って喜び、負けて悔し泣きをする。そのような幼児期の原体験が、ますます重要になってきます。
髙宮 効率や合理性とは無縁な幼児の世界は、AIが絶対に入り込めない世界です(笑)。
新井 アリやダンゴムシが動く様を1時間も延々と見続けている。そのような大人には無意味に思える体験こそが、人間だけがもつ主体的な好奇心や探究心につながるのです。
子育てや教育の基本は変わらない
子どもにもっとリアルな体験を
髙宮 先生は「東ロボくん」プロジェクトを通し、日本の中高生の多くが教科書を正確に読めていないことに気づかれました。以来、日本人の読解力を高めるための取り組みに力を入れておられます。
新井 これは本当に深刻な問題です。文字は自然物ではなく人工物です。放っておいても自然に人が使いこなせるようになるものではありません。文字を正確に読むには、それなりの訓練が必要なのです。
髙宮 逆に言えば、文字は人工的な記号なので、学習によってAIも流暢(りゅうちょう)に操れる。そのことをチャットGPTが証明してくれました。
新井 残念ながら助詞などの機能語を正しく使えない中高生はたくさんいます。その点ではチャットGPTのほうが優れています。ただチャットGPTはどんなに言葉を流暢に操れても、記号として計算処理をし、確率に基づいて文章を生み出しているだけ。言葉の意味を理解しているわけではありません。ですからAIが出した結果の意味を考えたり、それをもとに意思決定や課題解決をしたりすることは、人間にしかできません。
髙宮 AIは基本的にネットから学習しています。ですから今後も図書館をきちんと使い、人との対話を通して情報を得たり、自分の考えを高めたりするスキルは大事だと思います。AIを活用して意思決定や問題解決をするうえでは、部活や学校行事を通して磨かれる協調性やリーダーシップも重要です。そう考えると、今の中等教育を本質的に変える必要はない気がします。
新井 小学校から大学までは学び方を学ぶ場です。アウトプットの場ではありません。要領よく学ぶより、発達段階に合わせて一つひとつ丁寧に積み上げ、着実な力をつけることが大事です。そしてすべての学びは読解力から始まります。最も大事なことは、中学高校の期間で自学自習できる汎用的な読解力を身につけておくこと。その力があればこれからの時代、どんな変化があっても自ら学び、道を切り開いていけるのではないでしょうか。
髙宮 世の中が変化すると、特別なことをしなくてはならないのではないかと思いがちです。でも人間の可能性を伸ばす子育てや教育の基本は、どんなに時代が変わっても変わらないということですね。