Beauty
2025.08.28

齋藤薫の美しい歳の重ね方
「捨てたい」と「もったいない」の心がせめぎ合う時、一体どうするか?

ボンボンのイラスト

(イラスト:ソリマチアキラ)

かつて国連で「もったいない」という日本語が話題になった。それを一言で表現する英語が見当たらないからである。「無駄」と言う英語はあっても、「無駄にすべきではない」し「無駄にしたくはない」との心情まで伝える一言はないからだ。

何かを捨てようとする時、以前よりもっと後ろめたい気持ちになったのは、世界的に評価されたこの日本語のせいなのだろう。もちろん人生後半(私の場合)、できるだけシンプルに生きたい、大量に捨てたいという気持ちが日に日に強くなるのは確かだが、同じだけ頭をもたげてくるのが「もったいない」。

「勿体(もったい)無い」の「勿体」は態度とか品格を意味し、だから"それが無いこと"から昔は「不届き」という意味もあったとか。とすれば人としての姿勢も問われる形になり、尚(なお)さら捨てにくくなる。無駄な物はもう買わないと決めても、やっぱり気がつくと物はどんどこ増えていき、常に「もったいない」との"せめぎ合い"。

では一体どうするか? ここで引っ張り出すべきは、やっぱり日本人だけの心根。「もったいない」のお答えとして「これまでお世話になりました」との感謝の想いを込めつつ、丁寧に処分する……。それも、森羅万象あらゆるものに神が宿ると考えて崇める「八百万(やおよろず)の神」という日本古来の風習に習うのだ。使い込んだ物も、たいして関心を持てなかった物も自分が選び共に暮らした尊き物たちとして。

乱暴に打ち捨てられれば、服であれ食器であれ化粧品1つであれ、そこに魂が宿っているなら、きっと嘆いていると感じるのだろう。物の価値を失わせてしまうことに、許しを乞い感謝する。それができれば後ろめたさは消えるのだ。

まさに日本人だけが持つ、物に対する価値観、なんと素晴らしいのだろう。たぶん「まだ使えるかも」との鬱々(うつうつ)とした迷いや未練も一緒に消え、清々しさだけが残るはず。

ちなみに針供養には、今までの働きへの労いとともに、じつは「裁縫の腕が上達しますように」という願いが込められたらしい。針一本にも神が宿ると考えた証。感謝を込めて処分すれば、逆にそれが次の幸せにつながっていくという教えだ。

もったいない物を捨てる時こそ、片付かない家にイライラせず、逡巡(しゅんじゅん)せずに、あくまで心穏やかに「ありがとうね」と言いながら、心を込めて捨てる習慣で、いっそ生き方を整えてはどうだろう。家の中が整理されるほど、どんどん心身が浄化され、人としてのステージも上がっていくはずだから。

齋藤 薫 さん
美容ジャーナリスト/エッセイスト

さいとう・かおる 多数の連載エッセーを持つ他、美容記事の企画、化粧品開発・アドバイザーなど幅広く活躍中。『“一生美人”力セカンドステージ──63の気づき』(朝日新聞出版)ほか著書多数。