Life Style
2023.09.21

暮らしの気分を上げる「民藝」(みんげい)
「用の美」が暮らしを整え、心を潤す

(上段左から:「スリップウエア角皿」(イギリス、18世紀後半~19世紀後半)、「丹波布」(兵庫・丹波/1950~60年代)、「刺子足袋」(山形・羽前庄内/1940年頃)/下段右から:「緑黒釉掛分皿」(鳥取・因幡牛ノ戸/1931年頃)、「染付雨降文猪口、染付蝙蝠文湯呑、染付羊歯文湯呑」(いずれも佐賀・肥前有田/18~19世紀)、「塗分盆」(江戸時代 18世紀)、「筒描茶道具屏風」(明治時代 19世紀)/以上すべて日本民藝館蔵/撮影:オガワユウキ(中央上、左下以外のすべて))

名もなき職人の手による日用品に「用の美」を見いだし、「美は生活のなかにある」と提案した民藝運動。工業製品にはない手作りのぬくもりをたたえながら、作家性の高い作品とも異なる「健全な美」を取り入れる暮らしに今、注目が集まっています。

(文:安藤菜穂子/構成:ボンマルシェ編集部)

民藝運動は、思想家の柳宗悦、陶芸家の河井寛次郎、濱田庄司らによって提唱された運動のこと。装飾を重んじる観賞用の工芸作品が主流だった1926(大正15)年、名もなき職人が作る日常の生活道具に光を当てて「用の美」を見いだし、「美は生活のなかにある」という新しい価値観を提示しました。

プロダクトデザイナーという職業が日本にまだ存在しなかった時代、職人たちが自分の技術と手に入れられる材料の範囲内で生み出した、用途にかなう、必要最低限の形をもつ道具。柳らは日本全国を巡って、こうした生活道具の調査・収集を行いました。柳が「充分に用を兼ね、充分に美しさを有つ工藝品のよき例」(『雑器の美』1927年より)と評した「燭台」(下)を、「民藝展」監修を務める美術史家の森谷美保さんは「持ち運びし易(やす)いよう柄は曲線、灯芯を切るはさみが吊(つ)るされ、切った芯は蓋(ふた)付きの台座の中にそのまま捨てられます。ひと目で"用の美"を体現している品だと思いました」と言います。

燭台(江戸時代 19世紀/日本民藝館蔵)

加えて、「民藝」と呼ばれるもののなかには、民藝運動のメンバーが、とくに優れた産地や作り手を指導したり、ともに作品づくりをしたりしながら生み出したものもあります。たとえば、クリスマスツリー用のオーナメントを作る職人だった小谷眞三さん(1930年~)に、倉敷民藝館の初代館長だった外村吉之介がガラスの日用品を作るように勧めたことから生まれた「倉敷ガラス」。小谷さんはメキシコのガラスを手本に試行錯誤を繰り返し、「用の美」を生み出しました。民藝の理念を宿した倉敷ガラスは手作りならではの繊細な歪(ゆが)みが生じ、光を受けて美しい影を落とします。手に取れば、てのひらに心地よさをもたらし、口にあてれば心を和ませます。

左から「角酒瓶」(1979年)、「酒瓶」(85年頃)以上岡山・倉敷/小谷眞三作、「栓付瓶」(メキシコ/20世紀中頃)/以上すべて日本民藝館蔵
小谷眞三さんの技を継承する息子の栄次さん/撮影:オガワユウキ

これら民藝の道具や作品に共通するのは、大量生産の工業製品にはない手作りの温もりをたたえ、同時に作家性の高い芸術品とも異なる、柳の言う「健全な美」を宿していること。必要があって生み出されたものたちは暮らしにしっかりと根ざし、目にするたび、使うたびに、作り手や産地に思いが至ります。そして、作り手や産地について知れば知るほど、さらに愛着が湧くのも民藝の特長です。暮らしに取り入れれば、家でくつろぐふとした瞬間や、掃除や洗い物など、特別な感情を抱かずに行っていた家事の時間などの"気分"をぐぐっと上げてくれるでしょう。それが、暮らしの豊かさにつながります。

注目の「民藝 MINGEI ― 美は暮らしのなかにある」展
各地を巡回!

大阪中之島美術館(終了)を皮切りに、福島、広島、東京、富山、愛知、福岡と2025年4月まで各地を巡回予定。