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映画「HOKUSAI」特別連載

演出家 宮本亞門 日本画家 千住博 書家/芸術家 紫舟

映画「HOKUSAI」特別連載 
演出家 宮本亞門 日本画家 千住博 書家/芸術家 紫舟

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演出家 宮本亞門
「冨嶽三十六景」などで知られる江戸時代の浮世絵師・葛飾北斎。その知られざる生涯を描いた映画『HOKUSAI』が5月28日(金)から公開となります。本作の魅力とともにお伝えする、「なぜ今、北斎なのか」をテーマにしたインタビューシリーズ。第1回目は演出家の宮本亞門さんです。
──宮本さんにとって北斎はどのような存在なのでしょうか
命を削りながら90歳で燃え尽きるまで絵を描くことに没頭し続けた、ということから変人扱いされることもありますが、私はむしろ北斎のクセの強さ、匂い立つほどの人間臭さが大好きです。江戸後期という今に近い時代に、決して超えることのできない巨大な先輩が生きていたということが私はうれしくてたまらない。できれば同じ時代を過ごしたかったほどです。
──そんな北斎が描かれた映画『HOKUSAI』をご覧になっていかがでしたか

私も北斎を題材にした舞台を演出しているのですが、私とはまた違った視点で描かれていました。特に新鮮だったのは、阿部寛さんが演じた版元・蔦屋重三郎が、若者たちに闘争心を沸かせ、それぞれの才能を開花させた名プロデューサーだった点です。

重三郎は若き北斎に「売れるものを描け」ではなく、「モノマネでは駄目だ」と叱咤(しった)します。その言葉に北斎は反発するも、苦悩しながら唯一無二の作品を生み出す境地へとたどり着く。その切磋琢磨した様が、世界に名だたる日本人アーティスト・北斎の始まりになっているところです。鎖国時代の大きな変革期での重三郎の若手の育て方が、今と非常にフィットしていて、現代のIT業界やベンチャー企業などに通じるものを感じました。

そんな、北斎、歌麿、写楽といった天才たちが輩出された時代の空気感が描かれていたのは、面白かったです。

──宮本さんは北斎のどこに魅力を感じているのか詳しく聞かせてください
北斎は、世の中の評価や浮き沈みなどを超え、もっと壮大な目標を目指して絵を描き続けたという生き様です。生涯で93回も引っ越し、その度に作り上げた名声も捨て、雅号も30回以上変えたと言われています。あらゆる方法で最高の絵を描くと言う思いはとてつもなかった。

なんと70歳を過ぎて「冨嶽三十六景」シリーズという大ヒット作を生み出した。でもなお、「自分はまだ足りてない」と叫び、最後まで決して筆を折らなかった。すさまじい執念と執着ですよね。
──どうして北斎はそこまで無我夢中で絵に没入できたのでしょう

人は、とかく周りの物差しばかりを気にしがちですが、そういうものを取っ払い、しかと自分自身と向き合った。だから、周りの評価より、自分が納得するものを創作した。無心に己の道を突き進んだからこそ、あれほどまでにエネルギーに満ちた作品を死ぬ間際まで描き続けることができたと思います。

その北斎が晩年につけた雅号が「画狂人」です。その時に描いた直筆の自画像を見ると言葉をなくします、本当にすごい。常軌を逸した表情というか。映画の中で田中泯さんが雨の中で青色の絵の具を自分にかけるシーンがあったのですが、まさにあの顔と重なります。

また、北斎は北極星信仰を持っていました。季節や時代の移り変わりに影響されることなく常に、北極星のように動かず輝き続けた。その役割が自分にもあるという覚悟があったのではないでしょうか。

──同じクリエーターとして共感される部分もありますか?

私も常に上を目指し、死ぬまで作品を作り続けたいと思いますが、北斎に比べたらスケールは余りに小さい。北斎は私にとっての北極星なんです。決して超えることのできない偉大な先輩クリエーター。尊敬してやまない存在です。

──北斎は病に倒れても「世の中と勝負がしたい」と言って旅に出ます。宮本さんも大病をご経験されたことでそういう思いが強くなっていますか?
そうですね。死というものが目の前に立ちはだかるという経験をして以降、「死はいつ訪れてもおかしくないものだ」と分かり、前より恐れなくなりました。むしろ、死ぬまでに全てのことを目に入れておきたいという思いが強くなりました。

今回、映画の中でいたく共感したのは「生首図」が登場したことです。人間にとって「死に顔」が一番見たくないもの。でも北斎は盟友・柳亭種彦が亡くなった時、「死んだらこうなる、これも真の姿」という思いで、種彦の死を無駄にしないよう、死に顔を描いていたと思います。北斎は起こりうること全てに目を見開き、死をも直視しようとしたのだと思いました。
──北斎と言えば富士山や波の絵が有名ですが、北斎漫画のように人間のおかしみを描いたものもある。実に様々な絵を描いていたんですね

北斎はユーモアも忘れない人でした。柳楽優弥さんが顔に墨を塗ったように、人間のあらゆる面を描き出しています。前にも少し触れましたが、彼は30回以上雅号を変えたのも、色々な画風で、色々な人々、自然、宇宙を描きたかったからでは、と思えてくるのです。

また、北斎のリセットの連続は、ひとえに自分を新鮮にするためだとも思います。柔軟な頭で目の前に起こっていることを見る。あえて崖っぷちに置いて、楽しんでいたのかもしれません。そんな北斎を想像するだけで思わずほほ笑んでしまいます。私たちは60歳で定年、なんて言っている場合ではありません。人は70歳、80歳になってもリセットし、新たな挑戦ができるのだと北斎が教え導いてくれているのですから。

──コロナ禍の今、映画『HOKUSAI』を観る意義は?

北斎が生きた時代には異常気象による飢饉(ききん)や、疫病がはやり、また天保の改革によって風紀を乱すものへの弾圧、出版統制が行われていました。この状況は映画でも描かれていましたが、まさに現代につながります。時代が大きく変わる時、いろいろな不満や不安が募ります。このコロナ禍でも、人と人との争いが起きやすくなっています。

特に疫病が蔓延した後というのは必ず人々の価値観が大きく変わっています。そうやって人類は進化してきたのだから。だからこそ、激動の時代に自らの生き方を貫き、生き抜いた北斎について知ることはとても意義のあることです。今こそ北斎のようなエネルギーが一人ひとりに必要です。本作を通して私と同年代の方々のみならず、ぜひ若い人たちにも北斎の生き様を知ってほしい。どんな時代にあっても「自分らしく生きていいんだ」という気持ちになれるはずです。

宮本亞門 (みやもと・あもん)
1958年、東京都生まれ。東洋人初めての演出家としてオンブロードウェーにて「太平洋序曲」を上演し、同作はトニー賞4部門にノミネート。2019年、舞台「画狂人 北斎」を初演、21年に再演を果たす。