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映画「HOKUSAI」特別連載

演出家 宮本亞門 日本画家 千住博 書家/芸術家 紫舟

映画「HOKUSAI」特別連載 
演出家 宮本亞門 日本画家 千住博 書家/芸術家 紫舟

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書家/芸術家 紫舟
90歳で命燃え尽きるまで絵を描き続けた浮世絵師・葛飾北斎。その生涯を描いた映画『HOKUSAI』がいよいよ5月28日(金)から公開となります。本作の魅力とともにお伝えする、「なぜ今、北斎なのか」をテーマにしたインタビューシリーズ。最終回は書家の紫舟さんにお話を伺いました。
──映画『HOKUSAI』を観(み)ていかがでしたか
観終えた後、沸々と制作意欲が湧いてきて、一気に書を70枚ほど書き上げました。その時、制作した作品は「不負(負けざらん)」。量も質もとてもよい出来栄えでした。「映画を観ただけでこんなに!?」と驚きました。

今まで北斎の作品は大好きでたくさん拝見しましたが、人柄や生き方については本作で初めて知りました。想像以上に苦労人でしたね。ただ、一貫して感じたのは、北斎は「世は無常」、全てのものは変化すると分かっていてそれを実践した人だということ。私たちは、ついアンチエイジングをしがち。老いや病に逆らおうとしますが、北斎は「新しいものは古くなる、形あるものは壊れる」と自然の摂理を理解し、それらを全て受け入れた中で生き抜いたと改めて実感しました。
──印象に残ったシーンを教えてください
若き北斎がよれよれの筆を握って涙するシーンに心打たれました。それ以前の北斎は、先輩から自作に筆を入れられたり、歌麿や写楽の域に到達できずにいたりと、常に自分の未熟さを他者から突き付けられていました。そんな北斎があそこで流した涙は、自分の意思とは別にある魂が「ここで腐るな、逃げるな、辞めるな」と教えてくれたもの。まさに「心を潤す本物の涙」だったと。私もかつてそういう涙を流した経験があり、筆を置かずに今があります。

 また、本作はセリフの少ないシーンが多いのですが、私はむしろそこに惹かれました。人マネで描いていた若き北斎が自分の表現を見つけた瞬間の波のシーンや、老年期になって赤富士を見て言葉を失い、戻ってきて大波と赤富士を描いたシーンは心に焼き付いていますよ。
──北斎を演じた柳楽優弥さん、田中泯さんはいかがでしたか

柳楽さんは筆を持つ所作が美しかったです。筆を持つ手が呼吸しながら生きていた。「芸術家にとって手は眼である」ということをしっかりと表現されていました。

 田中さんは、突風を描く方法を見つけた時の狂気に満ちた表情に、北斎を見ました。素晴らしかった。熟練の身体表現の技を見せつけられました。

──北斎の作品は当時から世界的に高い評価を得ています。なぜでしょうか

北斎はある時期から、例えば竜にしても誰かのマネではなく、自分の心の眼で見て感じた竜を描いています。もし多少つたない点があったとしても、誰の目にも新しく、心眼で観(み)た表現はとてつもない強い力を秘めていました。写楽もそうですが、遠近法や構図を全く無視し、全く違う概念の中で、表現者として一番心が揺さぶられた所を感じたままに、印象深い形やサイズにして描いています。

そのような北斎の作品は、ロジックや哲学を重視する西洋絵画からは生まれないような世界観に満ちていた。それがヨーロッパの画家たちには新鮮で衝撃的であり、同時にうらやましかったのだと思います。

本作で、版元の蔦屋重三郎が「面白いものは誰が見たって面白い」と言っているのですが、まさにその通り。今まで誰も見たことがないもの、表現法に新しい概念があったからこそ、その面白さが世界に受け入れられたのだと思います。

──紫舟さんも北斎に影響を受けていますか?

もちろん(笑)。今、私の後ろにある「火の鳥」がまさに北斎にインスパイアされた作品です。いつかお寺の天井画を描くのが夢ですが、その日のために実践練習としてアトリエの扉に描きました。

それと紫舟のサインですが、「紫」の「止」と「ヒ」の部分の描き方は北斎の「北」にインスパイアされています。北斎のサインは丁寧でバランスが美しくカッコよくすらあり、大好きなんです。

──北斎を天才と思いますか?
天才というよりむしろ、彼はとにかく常識や美術のルールから自己解放し続けた人だった。だから、自然を見たときに、過去観たことがある誰かの作品や表現に似ず、自分の中で「自分」としっかりつながることができ、自分だけの表現をもつ数多(あまた)の作品を生み出しつづけることができたのだと思います。

 実は私自身、若い頃から自己解放したくていろいろ挑戦してきました。その成果は出ているものの、まだどこかで常識が邪魔をします。本作を観て、この道で、さらなる自己解放を目指そうと強く決意しました。そうすれば北斎のように死ぬまで、新しい作品が描けると感じています。

 とは言え、さすがに北斎の3万点以上という制作数は脅威です。ゴッホの作品数なら超えられそうです(笑)。ただ、私もよく引っ越しをするので、引っ越し回数で北斎と肩を並べられる日がくるかもしれませんね。
──北斎が教えてくれることは何だと思いますか?

疫病や弾圧によって閉塞感が漂う時代であっても、北斎は自分が描きたいものを描き続けました。そんな北斎を見ていて、諦めなかった時のご褒美は大きいんだなと実感しました。私自身、最近は「夢」「希望」といった言葉を描かなくなりました。コロナ禍で世界中が闇に包まれている今の時代においては、自問自答して紡ぎ出した言葉じゃないと、強さ・重みがないのです。また、そんな風に誰もが自分から湧き上がってくるものを、自分自身が最も信じ、諦めないことの大切さを、北斎から教わった気がしました。

北斎はどんなに貧乏で才能が認められなくても、自分を決して卑下していません。逆に人気が出ても高慢にはならなかった。ちゃんと自分が見えている強さ、胆力が備わっていたわけです。北斎を見習い、今がどんなに苦しくても、誰よりも自分を信じて、生きていきたいですね。

紫舟 (ししゅう)
日本の伝統的な書を絵、彫刻、メディアアートへと昇華させ、世界に発信。国内外で数々の賞を受賞。パリのルーブル美術館で開催されたフランス国民美術協会展にて日本人として初めて金賞をダブル受賞。大阪芸術大学教授。