商売人のように
目の前の人を幸せに
北里生命科学研究所 感染症学研究室 教授 髙橋 孝さん
昨年はデング熱やエボラ出血熱の脅威が身近に迫り、感染症に対する社会の弱さが浮き彫りとなった。日本における感染症学の権威である髙橋孝教授に、自身の医師としての原点や、感染症学の世界で今求められることを聞いた。
目の前の人を笑顔にする仕事
私が医師として最初の一歩を踏み出したのは、小児科の世界でした。医学部の5年次に小児糖尿病の患者会があることを知り、その活動を支えるボランティアに誘われたことがひとつのきっかけです。まだ幼い子どもたちが、自分を守るために毎朝欠かさず血糖値を測定し、自分でインスリンの注射を打つ。大人でも難しいそんな習慣を続けている彼らの、けなげな姿に打たれました。大人の場合と違い、小児糖尿病の患者は非常にやせた子どもが多いのですが、私も幼い頃は骨と皮だけのようにやせて病気がちだったので、彼らに親近感を覚えたというのもあります。
4年ほど小児科で働いた後、栃木県のがんセンターでレジデント(教育を受けながら診療、研究に従事する医師)として勤務し、病理診断から麻酔、手術まで、がん医療の最前線をじっくり学ぶ機会を得ました。その後は総合診療科でさまざまな問題を抱えた患者さんと接し、さらに呼吸器内科を経て、現在は感染症の分野を専門としています。ずいぶん広く浅くではありますが、多様な経験をしてきたことは自分にとって決して無駄ではありませんでした。たとえば抵抗力の弱い小児や、抗がん剤を使用中の人は感染症にかかることも多いので、そうした患者さんと接する際には今でも自分の「貯金」が役立つからです。
もともと私が医師をめざしたのは、実家が商売をやっていたことの影響が大きいと思っています。モノではなく人を相手にし、対面した相手の「困り事」を解決する仕事であるという点で、医師と商売人には似通った部分があるからです。これまでの私の経歴を人が見たら、なんと落ち着きのない人間だと思われそうですが(笑)、自分では目の前の人を笑顔にする両親のような仕事がしたい、という思いでずっとひとつのことを続けてきたつもりです。
グローバル人材の育成が急務に
もうひとつ、医師の仕事と商売には共通点があります。それは、リピーターが大切だということです。医師がリピーターだなんてと怒られそうですが、あの先生はいつも不機嫌で怖い、きちんと説明してくれない、といった理由で病院から足が遠のいてしまうことがあれば、それは患者さんにとって大きな不利益となります。病院でもお店でも、ここに行けば自分の問題を解決してくれる、という信頼を得ない限りリピーターにはなってもらえません。だから私はいつも時間をかけて患者さんの話を聞き、不安を取り除くことを心がけています。
私が今も臨床の仕事を続けているのは、患者さんと接する緊張感を失いたくないからというのもありますが、専門である感染症の研究に必要だからです。患者さんから採取した病原体について深く理解するには、その人の生活背景などをくわしく知る必要があります。病原体という、いわば結果だけを見たのでは、知るべきことの半分しかわかりません。ひとつの現象が起こるまでにはAがBに波及し、BがCに波及するといった動きが必ずあります。医師にはその動きを立体的にイメージする力が必要であることは、医学部志望のみなさんにもぜひ知っておいてほしいと思います。
昨年は、国内ではデング熱、海外ではエボラ出血熱の流行が大きな話題となりました。日本人が世界のあらゆる地域に出かけていく一方で、世界中の人やモノが国境を越えてやってくる時代には、これまでになかった感染症が国内でも発生する可能性が高まっています。また日本の気候が徐々に温暖化しつつあることも、熱帯感染症の不安が増大している一因です。感染症学の世界では今、専門知識だけでなく、世界の最新情報をつかまえる感覚に優れたグローバル人材の育成が急務となっています。医学部受験生のなかには、理系科目は得意だが語学は苦手という人もいるでしょうが、将来あなたの目の前に座るのは外国人の患者さんかもしれません。その人たちに安心して医療を受けてもらうためにも、今のうちから外国語やコミュニケーション能力の向上に努めてください。(談)

たかはし・たかし/1986年群馬大学医学部卒業。同医学部附属病院小児科を経て栃木県立がんセンター呼吸器科レジデント。東京大学医科学研究所附属病院感染免疫内科、金沢医科大学医学部附属病院総合診療科などを経て2009年から現職。




