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世界に衝撃を与えた
メカノセラピー

日本医科大学大学院医学研究科 形成再建再生医学分野 大学院教授
日本医科大学付属病院形成外科・再建外科・美容外科 部長 小川 令さん

細胞や組織への物理的な影響をコントロールすることでけがや手術の傷痕、やけど痕などをきれいに治す―。
そんな新しい治療法で注目される若き大学教授がいる。日本医科大学の小川令教授に、臨床と研究に明け暮れる日々を支える喜びや、受験生へのアドバイスを語ってもらった。

悩む人の「心」を救う形成外科

両親ともにデザイナー・イラストレーターという医学とは無縁の家庭に育ったので、医者になれとも、安定した職業に就けともいわれたことはありません。進路についてのアドバイスといえば、「自分の好きなことをやれ」というだけ。おかげでこれまで、自分の好きなこと、楽しいと思うことだけを続けてきました。

今は大学病院で臨床と新しい治療法の研究に打ち込んでいますが、毎日楽しくて仕方がありません。初めは暗い顔で診察室に入ってきた患者さんが、最後には「先生に手術をしてもらってよかった」と笑顔で帰っていく。そんな姿を見ると、もっといい治療法を開発しなくちゃと思う。だから僕には、臨床と研究の両方が必要なんです。欲張りなんですね。

形成外科という分野には、大きく分けて三つの領域があります。口唇口蓋裂や生まれつき体の一部がないといった、先天的な問題を主に扱うのが狭義の「形成外科」。がんや外傷で失われたり、変形したりした部分を元の状態に戻す「再建外科」。そして機能上は問題のない傷や、やけど痕などを目立たなくする「美容外科」。いずれも直接的に患者さんの命を救うものではありません。一部、救命につながる治療もありますが、形成外科の一番の使命は「きれいにすること」です。

たとえば顔に大きな傷が残った人に「命が助かったんだからいいじゃない」といって済むものでしょうか。形成外科は、患者さんのQOL(生活の質)改善に貢献することで、心を救える医療なんです。しかもどんな人に対しても、治療をすれば必ず今よりよくなるという、前向きな展望を語って聞かせられる。そういうところが、僕の性格に合っているようです。いつか世界中から傷で悩む人をなくしたいと本気で思っています。

続けていれば点と点はつながる

物理的な刺激が生物の細胞や組織に対してどう働くかを研究する「メカノバイオロジー」という分野があります。地球上の生物はみんな、重力や大気圧のある環境に適応するよう進化してきたのですから、体に起こるさまざまな変化もまた、その影響下にあるはずです。

だとしたら、傷がどう発生し、なぜ残るかについての物理的な影響を解明し、そのメカニズムを逆に医療に利用できないか。そうした発想から、僕たちの研究室が提唱しているのが「メカノセラピー」という医療です。すでに物理的な力をコントロールすることで傷やケロイドが治ることを実証し、その発表は大きな反響を得ました。

僕がその考えにたどりついたのは、形成外科の常識を変えてやろうといった大それたことを考えていたからではありません。ただその時々で、関心のあるテーマに夢中で取り組んできただけです。たとえば無重力の空間に長く滞在した宇宙飛行士は、ひざ関節の軟骨が徐々に少なくなってしまう。あるいは腕などの日ごろよく動かす部位は、傷がきれいに治りにくい。それはなぜかを研究していた時に、「物理的な力」というキーワードですべての点と点がつながりました。力をコントロールできれば傷を治せるし、組織も再生できるかもしれない。今、その可能性が見えています。

これから受験をする人は、日々の勉強に追われるなかで、自分のやっていることがこの先どう役立つのか不安になることがあるかもしれません。でも、やるべきことに打ち込んでさえいれば、点と点はどこかで必ずつながる。そのことを僕は、かつて実体験しました。なかなか成績が上がらなくても、医者をめざして努力すること自体が楽しいと思えるなら、迷わず続けたほうがいい。いずれ結果はついてきます。

いつかメカノセラピーが一般的になれば、手術は不要になって僕らの仕事はなくなる。同僚の先生たちと、冗談で、時々そんな話をします。でも再生医療などの技術も含む新しく包括的な形成外科「学」というものを体系化できたら、患者さんのためにできることはもっと広がるはず。僕はそこに希望を持っています。(談)

おがわ・れい/1974年生まれ。99年日本医科大学医学部卒業、2005年同大学大学院修了。07年ハーバード大学ブリガムウィメンズ病院へ。同病院バイオメディカル研究所筋骨格研究センター最優秀論文賞(共著)など、これまで国内外で受賞多数。15年から現職。

※掲載内容は取材・作成当時のものです。

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