
講演①アスリートを支える整形外科医療の進化
〜日本発の技術が実現するスポーツ人生の延伸〜
—過去・現在・そして未来へ—
神戸大学大学院医学研究科外科系講座整形外科学 教授
黒田 良祐 先生
スポーツドクターの歴史とその進化
私はスポーツ医学、スポーツ整形外科、その中でも主に膝(ひざ)関節外科を専門としています。兵庫県には、ラグビー・サッカー・野球・バスケットボール・バレーボールなど非常に多くのスポーツチームがあり、神戸大学医学部附属病院は2015年にFIFA Medical Centre of Excellence認定施設になっています。
スポーツドクターの歴史をひも解くと、かなり古くから存在していたようです。古代ローマには闘技場で戦う剣闘士(グラディエーター)が存在し、ガレノスという医師がそのチームドクターを担当してから、剣闘士の死亡率が激減したそうです。剣闘士の治療を通してガレノスが培った経験と解剖学の知識は、その後の西洋医学に大きな影響を与えたとされています。
日本においては、1982年に日本体育協会(現在の日本スポーツ協会)による公認スポーツドクターの資格制度がスタートしました。86年には、整形外科専門医を対象とした資格として日本整形外科学会認定スポーツ医が誕生し、2026年1月時点では、4,658人の認定スポーツ医が存在しています。さらに、日本医師会による認定健康スポーツ医制度もあり、日本では、学会や公的機関による認定制度の整備を通じてスポーツ整形外科は独立した専門分野として確立されてきました。
関節鏡の開発と普及 最小限の負担で早期復帰へ
骨や関節を扱う整形外科の治療では、関節鏡を用います。これは日本発の技術で、1918年に東京大学整形外科教授の高木憲次先生が膀胱(ぼうこう)鏡を改良して膝関節を観察したことに始まり、高木教授の指導を受けた渡辺正毅先生らが59年に21号関節鏡を開発し、世界で初めて実用化されました。日本発の技術は後に欧米へ広がり、70年代には診断用機器として一般的に使用されるようになりました。日本関節鏡学会が設立され、学術分野でも発展したのがこの頃です。80年代に入ると器具や技術が大きく進歩し、90年代以降は膝だけではなく、肩や肘(ひじ)、股関節、足関節、近年では指の関節も関節鏡下の手術が可能になっています。
関節鏡の手術のメリットは、関節内部を拡大して直接観察できるため、より精密な治療ができるという点です。小さな切開で出血も抑えられ、周辺の筋肉や組織のダメージや痛みも少ないため、早期にリハビリを開始でき、入院期間も短くて済みます。そのため、アスリートであれば競技への復帰が、一般の方も社会復帰が早期にかなうのです。
かつては、アスリートの世界では前十字靱帯(じんたい)の断裂や外側半月板断裂、大腿骨(だいたいこつ)関節軟骨損傷などのケガは「アスリート生命の終わり」と考えられていました。しかし現在は、引退を余儀なくされていたような関節の損傷も高度な関節鏡手術によって克服し、長期にわたって現役を続けられる事例が多くなっています。
私が治療に携わったプロのバレーボール選手やサッカー選手、プロテニス選手も深刻なケガから復帰し、長く現役としてスポーツを楽しんでいます。関節鏡による精度の高い診断と治療によってケガをしたアスリートの競技復帰率は飛躍的に上がりました。これまで治らないとされてきたケガでも治せる、再生できるという時代になりました。最近はAIや医療DXが進み、手術の画像を3Dで共有できるようにもなっています。近い未来にはロボットが手術をするようにもなるでしょう。再生医療の分野でもアスリートの復帰に貢献する症例も出てきています。ケガをしたら終わりという時代から復帰できるようになったこの100年。整形外科の技術はさらに精度を高め、人々の幸せに貢献するために、次の100年へと歩みを進めていきます。
人生100年時代のスポーツと幸福感
高齢化が進む日本において、高齢化率は30%に達しようとしています。医療の発達などによって平均寿命が延びていることや少子化の影響から避けられない現実なので、高齢者が健康で活躍できる社会モデルの構築が非常に大切になってきます。スポーツ庁が実施しているアンケートによると、運動・スポーツをしたいと希望している人と、実際に運動・スポーツをしている人は、20代以上だと、希望が約67%、実施が約53%と乖離(かいり)がありますが、60代、70代を見ると、運動・スポーツをしたい人の割合も、実際にしている人の割合も高くなっています(スポーツ庁HPより)。元気で時間があるから、スポーツができるわけですね。
スポーツは、「実際にする」「スポーツを見る」「支える」という参加の仕方がありますが、複合的な参加ほど幸福感が高まるという傾向があることがわかっています。幸福感と健康を得られるスポーツをぜひ、多くの人に実践してほしいと思います。スポーツにはケガの心配がつきものですが、そこは、整形外科の出番です。ケガの診断から治療、そしてケガの予防やトレーニング方法のアドバイスまで包括的に行うことができるのが整形外科です。スポーツを通じていつまでも健康に、自分らしい人生を歩んでいく、整形外科はみなさんの幸せな人生をサポートします。
人生100年時代といわれる現在、そして未来において
スポーツに関わること(「する」「みる」「ささえる」)は、心身の健康を保ち、人生をより豊かで幸せなものにしてくれます。
自ら体を動かして楽しむことはもちろん、スポーツを観戦して感動を共有したり、指導・応援・医療などの立場から支えたりすることも、生活の質(QOL)向上につながります。
一方で、
スポーツにはケガのリスクも伴います。ケガを未然に防ぐための適切なケアやトレーニング指導、そして万が一ケガをしてしまった場合の早期かつ専門的な治療がとても重要です。
スポーツによる痛みや障害、日常生活での運動器のトラブルについては、ぜひ整形外科にご相談ください。
専門的な知識と経験をもとに、一人ひとりに寄り添ったサポートを行い、安心してスポーツと向き合える毎日をお手伝いします。
スポーツを通じていつまでも健康で自分らしい人生を歩んでいきましょう。
黒田 良祐(くろだ・りょうすけ)
1990年、神戸大学医学部卒業。米国クリーブランドクリニック整形外科研究員を経て2000年、神戸大学大学院医学系研究科整形外科博士課程修了。02年から米国ピッツバーグ大学整形外科研究員を経て、神戸大学大学院医学研究科外科系講座整形外科学講師に。10年から准教授、16年から同大学大学院医学研究科外科系講座整形外科学教授。21年から同大学医学部附属病院副病院長を兼任し、25年から同大学副学長、同大学医学部附属病院長を兼任。
ほかの登壇者の講演はこちら


