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広告特集 企画・制作 朝日新聞社メディアビジネス局

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座談会は和やかな雰囲気で行われた。左から、馬場さん、小野寺さん、御代田さん、木佐さん

若き実践者が語る
アクティブシニアも活躍できる福祉・介護の現場
福祉・介護の仕事のリアルと魅力

社会福祉法人愛川舜寿会 常務理事 
馬場 拓也さん
特別養護老人ホーム「杜の家なりた」 ケアワーカー
 小野寺 美佳さん
社会福祉法人グロー(GLOW) 救護施設ひのたに園 生活支援員 
御代田 太一さん
フリーアナウンサー 
木佐 彩子さん

福祉・介護の仕事について、現場の実践者たちに木佐彩子さんが聞きました。多角的な改革、仕事のやりがい、アクティブシニアの経験が生きる事例――。木佐さんも、今までのイメージとは違う福祉・介護の仕事に出会えたようです。

地域とつながり、社会をやさしくする

私が経営する特別養護老人ホーム「ミノワホーム」の理念は「共生・寛容・自律」。ケアを起点としたコミュニティーを再構築して「社会をやさしくする」ことを目指しています。2010年にアパレルから転身した私がまず行ったのは、施設と道路を隔てる壁を壊すこと。縁遠くなりがちな老人ホームを開かれた場所にするためです。防犯面から反対の声もありました。でも壁を取り払ったことで、利用者の様子が外から見えやすくなり、その結果、町の人に見守り意識が芽生えました。今では、壁の後に作られた庭にも若者がキッチンカーで来るなど、地域の人に活用されています。

ほかにも、子どもたちも楽しめるお祭りの開催など、幅広い世代が集まるしかけも常に考えています。生活動線の上に高齢者や車いすに乗る人が当たり前にいて、触れ合える。こうした日常が地域により根付けば、どんな人も受け入れて認め合い、共に生きていく「やさしい社会」が育まれていくと考えています。

システム関連ではスタッフ全員にスマートフォンを貸与し、ICT(情報通信技術)を導入しました。紙のカルテの代わりに、写真と動画で利用者の状態とケアの内容を記録してスタッフと家族に共有し、それぞれの投稿にコメントや「いいね」をつけられるSNSのようなしくみです。これにより業務の効率化はもちろん、スタッフのモチベーションと利用者家族の満足度が格段に上がりました。デジタル化はともすると「冷たい」イメージがつきまとい、ヒューマンサービスには不向きとされますが、使い方次第。システムで人と人をつなぎ、業務負担を軽減していくことがこれからの福祉・介護にはとても重要なのです。(談)

未知の価値観と出会える瞬間が面白い

救護施設をご存じですか? 障がいのある人や身寄りのない人、さまざまな事情で仕事に就けない人など、生活保護受給者を受け入れる施設のことです。僕は10代から90代まで約100人が暮らす、滋賀県の救護施設「ひのたに園」で働いています。すぐに仕事を見つけられる方もいれば寝たきりの方もいて利用者が多様な分、介護、就労支援やアパート探し、時にはけんかの仲裁など仕事の幅も広い。毎日嵐のように過ぎていきますが、そこにはもちろん喜びもあって。みなさんのこれまでの人生を聞かせてもらう時間が僕はとても好きなんです。生まれも育ちもバラバラ、紆余(うよ)曲折を経て救護施設にたどり着いた方ばかりだから、人間性もエピソードもとにかく濃い。最初は支援者というよりイチ若造としてただただ楽しんでいたけれど、この貴重な物語を独り占めするのが惜しくなり、ひのたに園の広報誌に「人生いろいろ」というコーナーを作って顔写真とともに紹介するようになりました。こんなに多様で個性豊かな人たちが同じ町に生きていることを地域の人にも知ってもらえたら、施設と地域が、より豊かにつながるきっかけになるのではないか。そんな思いもあります。

僕は中高一貫の進学校から東大へ進み、ある意味同質的な集団で生きてきました。母には救護施設で働くことを「あり得ない」と反対されましたが、これまでと違う世界と出会うほど成長できると直感し、意思を曲げなかった。今、毎日へとへとになりながらも、リアルな社会と日々つながれていることに喜びを感じています。ちなみに母は最近「私も人の役に立ちたい」と、30年勤めたIT業界から福祉系の非営利組織に転職し、同業の良き理解者として僕を支えてくれています。(談)

シニアの多様な経験が生きる福祉・介護の現場

木佐 私自身、親の介護を考える時期になり、福祉や介護に関心を持っていたので、馬場さんと御代田さんが現場で奮闘を重ねられているお話を聞いて、ますます興味がわきました。小野寺さんは高齢者の介護職をされていらっしゃるんですね。

小野寺 はい。社会福祉法人「福祉楽団」の特別養護老人ホームで働いています。

木佐 介護は大変な仕事という印象を持つ人も多いと思いますが、実際はいかがですか? 

小野寺 たしかに慣れるまで体力面では大変な部分もあります。でもそれはどんな仕事でも同じだと思いますし、介護職はやりがいがとても大きいです。必要以上にネガティブな印象が先行しているだけなのだと、現場に入って気づきました。

木佐 大変さよりもやりがいが勝っていると。それを感じるのはどんな時ですか?

小野寺 人は認知症になっても大切にしてきたものは残ります。身だしなみを整えることに熱心だったり、男性が来ると笑顔になったり、ふとした時に息子を探すおばあちゃんがいたり。そうした日々の姿や言葉から、その人が何を大切にして生きてきたのか見えてくるのがすごくいいなと思います。自分は何が残るのかなと想像したりもして。

木佐 なんだかほっこりするいい話ですね。小野寺さんは以前から福祉の道を志していたのでしょうか?

小野寺 大学では文化人類学を専攻していましたが、学び進める中で自分は文化そのものよりマイノリティーの人々の生き方に興味があると気付いて。それで福祉の仕事に就きたいと思ったんです。

木佐 小野寺さんも御代田さんも立派な学歴をお持ちで20代の同世代。福祉・介護業界にも若い力がいきいき躍進して、頼もしいですね。

馬場 本当にそう思います。でも若い世代だけで現場を回すのは難しいことも事実なんです。先ほど御代田さんから利用者の多様性の話がありましたが、福祉・介護の現場は受け入れ側も多様であるほどいいと思っています。とくに介護施設の利用者と近い世代であり、人生経験豊富なシニア層は現場で役立つ力を実は持っている。シンプルに、利用者の話し相手でもいいんですよ。

木佐 なるほど、アクティブシニアも大いに活躍しているということですね。現場でそのありがたさを感じる場面も多いのではないですか?

小野寺 そうですね。利用者の中には「若い女の子の言うことなんか聞けない」という方もいて、その方と近い年齢の職員が対応するとすんなりいきますし、ベッドメイキングなども長年主婦をされていた方は速くてきれいです。上の世代が現場にいてくれる心強さはいつも感じています。

木佐 主婦の熟練のスキルが生かされるという意味でもシニアにもってこいの職場ですよね。今お話にあったように、シニアは介護の中心的な業務に加えて、補助的な周辺業務の担い手として求められるケースが多いのでしょうか。

御代田 たしかにそれもありますが、シニアの方に期待される部分はまだまだ他にも。例えば、福祉業界はIT化の遅れなどアナログで閉じた部分が根強いので、一般企業や異業種で長年働いてきた人の知恵や視点が入ると風通しが良くなって業務も合理化されるはずです。そうした方たちがキャリアや得意分野を生かせる役割を、現場が提供していくことがこれから大事になるのかなと。

木佐 アパレル出身の馬場さんが先進的に変革されているのがいい例ですものね。福祉や介護に興味を持ったらまず何をしたらいいでしょうか。資格は必須ですか?

馬場 入門の資格では、介護職員初任者研修というのがありますが、特別養護老人ホームなどで働く場合は必ずしも必要ではないので、まずはチャレンジしてみるというのもいいと思います。ミノワホームでは、スーパーでレジ打ちをしていた方に介護職として入ってもらい、実務経験を積んでから資格を取得するという人もいます。

木佐 資格は大切だけど、まずは現場に飛び込んでみる。こういうスタンスでもいいのですね。

小野寺 先入観を持たずに仕事を捉えてもらえると、興味を持っていただきやすいと思います。とくに高齢者の介護は、素敵なゴールテープを切れるように応援する役目だと私は思うので、魅力的な仕事ということを知ってもらえたらうれしいです。

御代田 いろいろな価値観やバックグラウンドを持ったシニアの方々に来てもらいたいですね。一緒に現場でもまれながら(笑)、福祉の仕事の面白さをもっと見つけていきたいです。

木佐 お話を聞いて、介護・福祉の仕事は、人の人生に深く関わっていけるとても幸せで、貴重な仕事だと分かりました。そして、アクティブシニアの活躍が期待できる面もたくさんありそうです。私もセカンドライフで飛び込んでみたくなりました。

PROFILE
ばば・たくや/有名アパレルブランドを退職後、2代目経営者として現在の法人に参画。インクルーシブ保育を実践する「カミヤト凸凹保育園」の経営も手がける。

PROFILE
おのでら・みか/早稲田大学卒。「杜の家なりた」の経営母体である福祉楽団の農林福連携や多様な福祉実践にひかれて入職し、介護業務を担当。今年で2年目。

PROFILE
みよだ・たいち/東京大学在学中、障がい者と語り合う授業をきっかけに福祉の世界に関心を持ち、訪問介護ヘルパーや精神科病院の実習を経験して現職に。

PROFILE
きさ・あやこ/フジテレビアナウンサーを経てフリーアナウンサーとして活躍。昨年、父が誤嚥性肺炎で入院して介護の現実に直面した。

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