


東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年に向けて、特定の感染症の侵入と流行が懸念されています。国際感染症の専門家である忽那賢志先生に、とくに警戒すべき感染症やその対策について聞きました。
海外から日本に来る旅行者の数はここ数年で急激に増え、2017年は2860万人と、数年前の倍ほどになっています。外国人観光客の増加は経済的には大きなメリットがありますが、感染症という視点から考えると、海外から日本に持ち込まれる感染症のリスクがそれだけ増えるということになります。
また、東京オリンピック・パラリンピックのように、多くの人が1つの場所に密集することによって流行しやすい感染症もあります。そのうちの1つが髄膜炎菌感染症です。日本でも2015年、山口県で開催されたスカウトジャンボリーというイベントで、髄膜炎菌感染症のアウトブレーク(集団感染)が起こりました。
2014年にはデング熱の国内感染も発生しました。発熱、全身倦怠感を訴える10代の日本人男性が転院して来たとき、こんな病気日本にあるのかと我々は悩みました。転院の翌日、厚生労働省から“デング熱の国内感染症例について”という発表があり、もしかしてと迅速検査をしたところ陽性になりました。この患者さんが、我々が見た最初の国内でのデング熱感染例でした。
国内デング熱は、代々木公園を中心に感染していました。当時の代々木公園は週末になるとイベントが行われていて、たくさんの人が集まってきます。自然も豊かで、噴水もあって蚊が発生しやすいなど、デング熱発症の環境が整っていました。
蚊媒介感染症が増えている背景として、1つには温暖化が挙げられます。米国のある地域では、温暖化の影響で、蚊の活動期間が1980年は365日のうち大体70日前後だったのが、現在は約100日と長くなっています。さらに、活動地域も広がっています。日本のヒトスジシマカというデング熱を媒介する蚊の分布図を見ると、1950年ぐらいまでは関東までしか分布していませんが、2010年には青森県まで分布していることがわかっています。デング熱は本州までは流行する可能性があります。
図 ヒトスジシマカの分布の推移蚊の種類によって媒介する感染症は異なります。今もっとも懸念されているのは、ヤブ蚊が媒介するデング熱、チクングニア熱、ジカウイルス感染症です。この3つの感染症は多少症状に違いはありますが、どれも熱が出て、皮疹が出て、頭が痛い、関節が痛いという症状は共通しています。これらを媒介するヒトスジシマカは日本にも分布しています。海外でこれらのウイルスに感染した人が日本に持ち帰り、熱が出ている状態で蚊に血を吸われると、日本にいる蚊がウイルスを増殖させていろいろな人に感染させてしまう危険性があります。

海外に行く人は、ワクチン接種とともに防蚊対策をぜひ心がけてください。デング熱などの場合、まだワクチンがありませんので、蚊に刺されないようにすることが基本になります。
防蚊対策としては、なるべく蚊が多い時期・時間・場所を避ける。ヒトスジシマカやネッタイシマカなどは日中に活動するので、そういう時間帯の行動は避けたほうがいいのです。ただ、それでは何のための旅行だということになりますので、せめて長袖や長ズボン、スニーカーなど露出の少ない服装をしてください。
大事なのは防虫剤です。DEETやPicaridin(イカリジンともいう)といった安全性が高い有効成分を含む虫除けをしっかり塗ってください。英国での報告では、DEETの虫除け効果は大体濃度に比例するといわれます。30%濃度のものを6時間ごとに塗れば十分でしょう。ただ東南アジアなどは非常に暑いので、汗をかいたり、雨に濡れたりしたときはその都度塗り直すようにしてください。小さなお子さんは1日何回までという使用制限がありますので、その場合は使用制限のないイカリジンを含む防虫剤を使うとよいでしょう。
麻疹や風疹などワクチンのある病気ではワクチン接種も大切です。集団免疫という考え方があり、ワクチン接種率が上がっていくにしたがって感染者は減ってきます。接種率が95%以上になると、ワクチンを接種していない人もほとんど感染せずに済みます。免疫不全などでワクチンを打てない人もいます。そういう人を守るという意味でも、ワクチン接種を進めていくことが大切です。

2020年東京オリンピック・パラリンピックに流行が懸念される感染症には、蚊媒介感染症のほかにも、インフルエンザ(熱帯・亜熱帯地域からの持ち込み)、感染性腸炎(ノロウイルス、サルモネラ、病原性大腸菌0157)などがあります。結核にも注意が必要です。MERS(中東呼吸器症候群)、エボラなどのウイルス性出血熱、鳥インフルエンザといった致死率の高い感染症も、日本に来る旅行者が増えると国内に持ち込まれる可能性が高くなります。東京2020に向けて、1人1人が感染症対策の意識を高めることが求められています。