〔Presented〕 企画制作:朝日新聞社メディア事業本部

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明治安田 地元アスリート応援プログラム

地元の若手アスリートを地域社会とともに応援しよう!

大阪府

陸上

青山 華依

あおやま はなえ

“ほほ笑みのスプリンター”けがを乗り越えて臨む大学ラストイヤー

大阪府のアスリート、陸上競技(短距離)の青山華依(はなえ)選手(甲南大学4年)は、2023年に前十字靭帯断裂の大きなけがを負いましたが、懸命なリハビリの末、23年11月に競技復帰。世界を見据えながらも、学生ラストイヤーを迎える24年度は、日本学生陸上競技対校選手権(日本インカレ)での頂点をめざし、チームメートと切磋琢磨を続けます。

家族と二人三脚で成長した高校時代

青山選手は、高校時代にリレーでインターハイ優勝に輝いた父と、走り高跳びの選手だった母のもと、スポーツに親しんできました。小さい頃は母と一緒に通ったクラシックバレエや、新体操にも取り組んでいました。

バレエは小学校低学年でやめてしまったそうですが、興味を引かれたのが陸上競技でした。小学5年になった年、父親に誘われて一緒に体験入部したクラブチームで練習しているうちに、自然と陸上競技を楽しむようになったそうです。

父親がコーチをしてくれていることもあり、陸上競技とは食卓でも話が出る「家族ぐるみ」の付き合い。「父が一緒に練習してくれるので、飽きなかったのだと思います」と青山選手は振り返ります。中学時代には、「これまで内緒にしていたのですが、『歯医者に行きます』と言って休んだりもしていました(笑)」と、ときにはずる休みすることもあったそうですが、卒業後も強豪の大阪高校で競技を続け、順調に力を伸ばしてきました。

高校2年だった19年6月には、日本選手権女子100mで3位入賞。10月には、国体の少年女子A100m走で見事優勝を果たしています。

高校卒業直前の21年3月には女子100mで11秒56をマークし、自己ベストを更新。甲南大学1年のときは、夏に行なわれた世界最高峰の大会に出場し、女子4×100リレーの代表として第1走者を務め、日本記録まであと0秒05に迫りました。22年3月の日本室内陸上選手権60m、4月の日本学生個人選手権、5月の東京選手権の100mでも優勝と絶好調。自己ベストも更新するなど実績を重ねました。

プログラムに参加「私も大阪を盛り上げたい」

青山選手は、陸上競技にひかれる理由をこう語ります。

「個人競技ではありますが、みんなと一緒に戦えることが、陸上競技の一番の楽しさなんです。ライバルも友達なので、レースでゴールした後に『お疲れさま』って言い合うのも楽しいです。大人数でいるのが好きで、高校の陸上部もそういうワイワイとした『楽しい系』でした。走った後で、『ああだったね』、『こうだったね』とみんなで言い合うのが楽しみでした」

明治安田「地元アスリート応援プログラム」は、大阪の陸上競技協会から教えてもらいました。「大阪陸協の方にもお世話になっていたこともあり、私も地元大阪を盛り上げて貢献したいと思いました」と、応募を決めました。

▲ともに走る選手たちは、ライバルであり仲間だといいます(左が青山選手)

23年シーズン前、前十字靭帯断裂という選手生命を脅かしかねない大けがに見舞われ、競技人生初の手術も経験しましたが、苦しいリハビリ期間も住み慣れた大阪の“まちと人”が心を癒やしてくれたと話します。

「歩けないときは両親が送り迎えをしてくれましたし、病院の先生もとても優しく接してくれて。改めて周囲の環境や人に恵まれた競技人生を送れているんだなと感じました。住み慣れた土地でのリハビリだったので、リラックスしながら生活を送れたのも大きかったですね」

ジョギング再開後は、お気に入りである大阪城公園にもよく訪れていました。

「大阪城公園は大好きな場所なんです。リハビリ後のジョギングもよく大阪城公園で行なっていました。23年は入院中で桜が見られなかったので、24年は桜を見ながら気持ち良くジョグできてテンションが上がりましたね」

また、本格的に競技復帰する前の23年夏には大阪府門真市で開催された明治安田主催の陸上教室のイベントにも参加。「子どもたちが楽しそうに走るエネルギッシュな姿を見て、心が明るくなりました」と、リハビリ中の苦しい時期に勇気をもらったと話します。

チームメートの励ましがリハビリの心の支えに

復帰に向かう途中では、一時期、陸上に対するモチベーションを失いかけたこともあったそうです。「23年は国際大会もたくさんありましたが、テレビで観戦していました。見ている分には楽しかったんですけど、不思議と自分が走りたいという気持ちが沸かなかったんですよね」と明かします。

そんな中、心の支えとなったのが大学のチームメートの存在でした。

「リハビリ後、最初はジョギングから入って走れる喜びを感じられました。1~2ヵ月後にはダッシュもできるくらいになって、チームメートが『良かったね』『おめでとう』としきりに声をかけてくれて。モチベーションを取り戻した大きなきっかけになりましたね」

懸命なリハビリのおかげもあり、23年11月には第14回エコパトラックゲームズで競技復帰を果たしました。

「緊張しすぎて吐きそうでした。でも、しっかり100mを走り切れたことが何よりもうれしかった」と振り返ります。

▲笑顔がトレードマークの青山選手。けがを乗り越え、めざすは24年の日本インカレ優勝

目標はインカレのタイトル 後輩たちへの思いも

24年に入り、徐々に調子を上げている青山選手。4月に開催された「日本グランプリ(GP)シリーズグレード1 第58回織田幹雄記念国際陸上競技大会」では100mで8位に入賞し、ハイレベルな国内大会で涙の復活を遂げました。

GPシリーズに出られた喜びに加え、この大会ではチームメート4人が決勝に残り、みんなで走れたことも印象的だったと話します。

「決勝の舞台で後輩3人とともに走れたのがとてもうれしかった。予備予選から走って、最後はさすがに疲れましたけど、それ以上に達成感がありましたし、けがから本格的に復帰できてきている感じがします」

▲笑顔が魅力の“ほほ笑みのスプリンター”が大舞台に戻ってきました

学生ラストイヤーの目標は、24年9月にある日本インカレのタイトルです。「学生最後の年なので、絶対にインカレで優勝しなくてはいけない」と、意気込みます。その中で言葉の節々から感じられたのが後輩たちへの思いでした。

「大学入学当初は、こんなに後輩と仲良くなれるなんて思わなかったんですけど、遠征にもたくさん行って思い出もたくさんありますし、けがの際には支えになってくれました。卒業しても、何かあったらすぐに話しをしたくなるような大切な存在です。インカレでは後輩たちもライバルにはなるんですけど、そこは4年生として実力を見せつけなきゃ、ですよね」

青山選手のトレードマークである笑顔がはじけます。

大けがを乗り越え、涙の復活を遂げた青山選手。さらに成長した姿を見せられるようにチームメートとともに練習に励みます。大学のラストイヤーはきっと笑顔で締めくくるシーズンになることでしょう。

(取材・制作:4years.)

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