得意のショットでプロめざす 大学で仲間と競い合う
沖縄県のアスリート、女子ゴルフの新垣快加選手(福井工業大学1年)の武器は、フェアウェーキープ率が高いドライバーショット。課題のパターの練習に加えて、体幹・筋力トレーニングにも取り組んでいます。2026年春に大学に進学してゴルフ部に所属。「レベルが高く、周囲から刺激を受けています」と、プロ選手をめざして練習を積んでいます。
小5でスクール通い イ・ボミ選手に憧れて
本格的にゴルフをはじめたのは小学5年の冬。ゴルフが趣味だった父とともに地元で開催された女子プロゴルフツアーを観戦して、イ・ボミ選手のプレーに憧れました。「かわいいし、かっこいい。ゴルフのことは何も分からなかったのですが、アイドル感覚で好きになりました」。それまでは遊び感覚で時々練習場に行く程度でしたが、自分もイ・ボミ選手のようなプレーがしたいとスクールに通うようになり、ピアノや水泳、テニスの習いごとをしながらゴルフ練習がはじまりました。
週1回、父の車でスクールへ。コーチから基礎を教えてもらいました。同級生にはすでに全国大会へ出場している仲間もいましたが、「クラブが球に当たるのが面白かった」と話します。6年になると地元の大会へも出場。「スクールのメンバーと一緒なので緊張しませんでした」と話します。成績は気にせずに仲間と楽しくゴルフを続け、スクールのない日は、父が帰宅してから一緒に練習場に通いました。
中学1年の秋ごろ、転んで右足首を骨折してしまいます。約半年間ゴルフの練習ができず、右足を使わずに初動負荷のトレーニングを辛抱強く続けました。けがが回復するとスクールを週2回にして練習量を増やしました。当時、コーチからは「感覚派」と言われていました。「あまり考えずにやっちゃうからだと思います(笑)」と言います。地元の大会を通過して九州大会に出るようになりましたが、「冬は沖縄と違って寒くて体が動かず、ボールも飛ばない」。芝も沖縄と違っていてパターに戸惑うこともありました。
環境求めて通信制高校へ 日本ジュニア出場
プロ選手をめざそうと強く思ったのは高校進学の前でした。テレビなどで見るプロ選手たちがかっこよく思えたからです。練習時間を確保するために福岡の高校の通信課程を選択。午前中はコースに行って、午後からスクールのレッスン。家の中でもパター練習を繰り返しました。自宅の駐車場脇の倉庫を改造してウェートトレーニングルームをつくってもらって上半身、下半身の筋力アップを図りました。「ウェートトレーニングの効果でショットが安定しはじめた」と言います。
高校2年のとき、ゴルフ部のほかのメンバーが全国大会へ出場できて自分だけ出ることができないことがありました。悔しくて、「もういいや」とくじけそうになりましたが、「この仲間に勝てれば全国の上位にいけるんだ」と気持ちを切り替えて、環境に感謝して練習を続けました。
高校3年の夏、九州大会を突破して見事日本ジュニアゴルフ選手権への出場を果たしました。はじめて挑戦したプロテストは調子を落としていた時期で残念な結果に。「ショートゲーム、パターが課題。まだ力が足りないと感じた」と振り返ります。
大学4年でプロ合格 ソーキそばと「中身汁」が大好き
26年春、地元の先輩がいる福井工業大学へ進学して、ゴルフ部に所属しています。ゴルフ部の同級生は4人。全員がプロをめざしています。午前6時から2時間ほど朝練習があり、授業の後、週2回は午後練習。個人練習もあり、大会も続きます。「レベルが高く、選手同士で教え合っています。いろんなことが学べます」と話します。大学の寮ではじめてのひとり暮らしは、「大変ですけどけっこう楽しいです」。筋力を落とさないよう自重トレーニングを続けています。
地元・沖縄の魅力について、「冬でもゴルフがしやすいし、何より人が優しい」と話します。特に好きな場所は、実家から車で15分ほどの瀬長島。砂浜がきれいで、夕日も美しく、幼いころから家族でよく訪れました。好きな食べ物はソーキそばと、祖父がつくってくれる豚の内臓を使った「中身汁」。「ゴルフに励むことで大好きな地元へ貢献したいと思っています」と話します。
「ガツガツするタイプではなく、ふわふわしている(笑)」と自分を分析します。憧れる選手は小祝さくら選手。「ショートゲームがうまいから」と話します。学生時代の目標は、日本女子学生ゴルフ選手権で全国3位以内に入ること。そして、4年時に挑むつもりのプロテストに合格すること。武器はウッド系のショット。「飛距離を伸ばして、パターの精度を上げていきたい」と課題の克服に努めながら、夢に向かって力強く進んでいます。
(編集:4years.)
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沖縄県
女子ゴルフ
新垣 快加
あらかき よしか
貢献したい地元:沖縄県那覇市
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