フェンシングで世界の頂点めざす 家族・地元への恩返しを胸に
和歌山県のアスリート、フェンシング(フルーレ)の東晟良(せら)選手(共同カイテック所属)は、フェンシング一家で育ち、姉を追いかけるように競技にのめり込みました。今では、日本代表のエースとなり、世界の頂点をめざしています。コロナ禍などの苦しい時期を乗り越え、家族や地元・和歌山への恩返しを胸に技を磨いています。
のめり込んだのは勝つ喜びを知ってから
最初のライバルは姉の莉央(りお)選手でした。年齢は1歳違い。「理由はわからないけれども、ケンカばかりしていた」という姉妹が、フェンシングに出合ったのは元選手でもあった母の影響でした。小学生の頃から姉とフェンシング教室へ通い、帰宅してからも母と姉との個人レッスン。最初は、何となく習いはじめて続けていましたが、和歌山県内での大会や西日本大会で勝つ楽しさを知ってからのめり込んだ、と振り返ります。
「はじめてメダルをもらったときに、勝つことの喜び、快感を覚えました。一度その喜びを知ってしまったので、負けたときは、めっちゃ悔しい。二つの感情を知ることで、フェンシングにのめり込んでいきました」
和歌山のフェンシングをメジャーに
東選手にとって、ときに大きな壁となったのも莉央選手です。同時期にフェンシングをはじめた2人は、全国大会で対戦することもありました。練習すればすぐに上達する莉央選手に比べ、晟良選手は習得までに時間がかかります。決勝で2人が対戦し、勝利した莉央選手が満面の笑みを浮かべる隣で、負けた悔しさをあらわにする晟良選手。「子どもだった」と晟良選手は笑います。
身近なライバルであり、絶好のお手本とも言うべき存在。小学生から中学生になり、活躍の場が世界へと広がっていくなかで、晟良選手も莉央選手と同じ道をたどります。「強くなりたい」という思いが原動力でしたが、もう一つ、心に誓う思いがありました。
「自分たちが頑張ることで、和歌山のフェンシングをメジャーにしたい。フェンシングをやりたい、と思う人たちを増やしたい。きっかけをつくりたいと思い続けてきました」
自然豊かな地元・和歌山と家族がパワーの源
フェンシングの代表選手は、大規模な国際大会の出場権を得るため、世界各国の試合に出場して、ポイントを稼がなければならず、海外で数ヵ月間を過ごすことも珍しくありません。だからこそ、わずかな休息で地元・和歌山へ帰ると、ほっとします。晟良選手にとっては、家族と地元がパワーの源でもあります。
「自然が豊富で、海産物や果物がおいしい。いるだけでほっとするし、家族の存在が自分の支えです。特別な場所に行くわけではなく、ただそこに帰るだけで安心できます。自分が苦しんだときに支えてくれる人たちがいる場所です」。地元の名産品は、多くの果物。帰省した際には、ミカンや桃、柿などを味わうのが楽しみだと言います。
コロナ禍を経て再認識した応援の力
華々しい成績を残してきた晟良選手ですが、大規模な国際大会に臨む前は、どれだけ練習しても「自分の力を出し切れるのか」と不安になることもあります。多くの人が支えてくれますが、最終的には自分の力で乗り切らなければなりません。「応援してくれる人たちに感謝を示すためにも結果を出したい」と意気込むほど、抱える重圧も大きくなります。 その応援の力を再認識したのは、コロナ禍での無観客試合でした。15本先取が求められる中で、1本とるごとに盛り上がる応援は、攻めのスタイルを貫く晟良選手にとって何よりの力。それを得られない空間での戦いは苦しくもありました。しかし、その経験があるからこそ、観客が見守る中で戦える喜びを再認識しました。
「自分が1本とるたびにワーッと盛り上がってくれる。応援のありがたさを改めて知ることで、もっとこの声援が聞きたい、応援してくれる方々の前で勝つ姿を見せたい、と思うようになりました」
高みをめざすためプログラムに応募
明治安田「地元アスリート応援プログラム」に応募したのは、同じプログラムに参加していた莉央選手の影響でした。道具にかかる費用、海外遠征費など、さらなる高みをめざすために支援は不可欠。プログラムに参加して金銭的なサポートを受けられることはもちろん魅力ですが、アスリートとして強くなることに加え、「支えてくれた家族、大切な地元に恩返しがしたい」という晟良選手の願いと合致する主旨に賛同したためです。
「はじめるきっかけを与えてくれただけでなく、練習や日々の食事をサポートしてくれた家族、特に母のおかげで今があります。結果を出すことで母にも恩返しをしたいし、私たち姉妹が活躍することで、地元和歌山をフェンシングの町として盛り上げられるよう、貢献していきたい」
24年夏、晟良選手は世界最高峰の舞台に立ちました。個人は初戦敗退でしたが、世界の上位8チームだけが参加できる団体では銅メダルに輝きました。日本女子が表彰台に乗るのは史上初めてのことで、日本のフェンシング界に新たな歴史を刻みました。
次にめざすは世界の頂点。晟良選手は家族のサポートと地元の声援を力に、これからも挑み続けます。
(取材・制作:4years.)
※プロフィール画像 ©日本フェンシング協会