〔Presented〕 企画制作:朝日新聞社メディア事業本部

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企画制作 朝日新聞社メディア事業本部

明治安田 地元アスリート応援プログラム

地元の若手アスリートを地域社会とともに応援しよう!

東京都

フェンシング

江村 美咲

えむら みさき

日本人初の世界大会連覇を達成 今のベストで世界に挑む

東京都のアスリート、フェンシング(サーブル)の江村美咲選手(立飛ホールディングス所属)は、2021年からプロ選手として活動し、22年ワールドカップのサーブル種目で日本人女子個人史上初の金メダルを獲得すると、その年の世界大会でも金メダル。23年の世界大会では連覇を達成するなど、日本を代表するトップフェンサーです。

キャラクターのパズルが目当てではじめたサーブル

フェンシングの選手だった両親の影響で、小学3年という早いタイミングからフェンシングをはじめ、最初に取り組んだ種目はフルーレでした。しかし小学校を卒業してすぐ、優勝賞品になっていた好きなキャラクターのパズル目当てでサーブルの大会に出場したところ、なんといきなりの優勝。勝つ喜びを知り、フェンシングにのめり込んでいく中、中学生の頃から「世界」を強く意識するようになりました。

▲江村選手を含めた、家族5人全員がフェンシングの競技経験をもつ「フェンシング一家」で育ちました。

フェンシングにはエペ、フルーレ、サーブルと3種目あり、中でもサーブルは日本での競技人口が少なく、唯一世界大会の金メダルに届いていない種目でもありました。そんなサーブル種目で、カデ(U17)の日本代表としてヨーロッパでのサーキットに出場すると、そこでも優勝。国際大会でも実績のあったフルーレだけでなく、日本のサーブルも世界で勝てる。その自信に加え、刺激し合う同世代の選手たちの存在も、江村選手を強くする大きな刺激になりました。

「同じ年の選手に負けたくない、という気持ちが強くて。この大会に出たい、ここで勝ちたい、というよりもまず近くにいるライバルに負けたくない、という気持ちだけでやってきて、気付いたらフェンシングに魅了されていました」

気持ちが離れかけた時期に心に響いた母の一言

江村選手の専門であるサーブルは、一瞬の攻防で勝負が決まります。「アレ!(はじめ!)」の合図がかかるときには、すでに江村選手はどの技を出すかを決めています。時間にすれば0コンマ数秒にも満たない短い時間で相手を観察し、とっさに繰り出す技を変えることもあるそうです。「圧倒的なスピードと、瞬時の駆け引きも魅力」だと江村選手は言います。

切磋琢磨し合うライバルの存在と、地道な努力。国内外の大会で数々の結果を残し、順風満帆な選手生活を送ってきたように見えますが、実は世界を意識しはじめた中学生の頃、当時の指導者から理不尽に怒られることも多く、「フェンシングをやめたい」と思い、フェンシングから離れかけた時期もありました。そんな江村選手をフェンシングに引き戻したのは母・孝枝さんの一言でした。

「つらいならやめてもいい。でも、ずっと戦ってきたライバルの同級生たちが将来日本代表として世界で活躍する姿をテレビで見るとき、美咲は悔しいと思わないの?」

江村選手は母の言葉で再び前を向きました。生まれ故郷の大分県から上京し、フィジカル面やフェンシングの技術を磨いていきます。ときには朝から晩まで「思い出すだけでも苦しかったし、こんなに練習したのだから絶対に負けたくないと思った」という過酷な練習を経て、18、19年は全日本選手権を連覇。名実ともに日本女子サーブルのエースへと成長を遂げたのです。

立川の人々の優しさで再び前を向けた

アスリートならば誰もが目標とする国際舞台にも立ち、大会を終えると「自分で認めたくなかったけれど、燃え尽き症候群に陥っていた」と振り返るほど、大会では全てを出し尽くしました。すぐに次の目標へ向けて切り替えることは簡単ではありませんでしたが、江村選手に前を向かせてくれたのが拠点とする東京都立川市の人々から寄せられた応援の声でした。

「縁あって、大会前に立川市の小中学校へフェンシングの見どころや私の思いを伝えるメッセージ動画を送らせていただきました。コロナ禍で直接お会いできないのが残念だったのですが、手紙やSNSを通して『とても分かりやすかった』『サーブルを一番楽しみに応援します』とメッセージが届いて、本当にうれしかった。私は出身が大分で、東京はクールなイメージがありましたが、私の名前を覚えて、検索してメッセージを送ってくださった立川の方々の優しさに触れて、立川ってこんなにあったかいところなんだ、と感動しました」

▲サーブルの見どころはスピードとフットワーク Photos:EXDREAMSPORTS Inc. /Augusto Bizzi

江村選手は、22年から明治安田「地元アスリート応援プログラム」に参加しており、今年で3年目を迎えますが、地元をはじめ多くの方からの応援に日々感謝していると言います。そんな方々のために恩返しをしたいという気持ちは今も変わりません。

「応援してくださっている方にどれくらい恩返しができているのかは分からないのですが、確実に2年前、1年前より、私が明治安田さんの地元のイベントに出演させていただいて喜んでもらえる機会は増えています。フェンシングが一般的な競技になってきたことも実感でき、モチベーションにつながります。これからも、いま以上に胸を張って活動を報告できるよう、結果として、姿勢として、この選手を応援していて良かったと思ってもらえるようなプレーをお届けしたい」と、意気込みを語ります。

「戦える準備こそが完璧なんだ」と気付いた

江村選手は23年5月にワールドカップチュニジア大会に出場し、日本人女子個人として史上初の金メダルを獲得しました。その後の7月には世界大会でも金メダルを獲得し、女子サーブルの世界ランキング1位となる快挙も達成。しかし、その華々しい結果の裏で日々葛藤がありました。実は21年の夏頃から、蹴り足でもある左足の甲に痛みを抱えていたのです。

「痛みに波があり、強いときもあれば弱いときもあって、練習がしっかりできない。1回目の優勝から優勝したのは2連覇目の世界選手権だけで、1回目はまぐれ、自分でも運が良かったかなって思う気持ちもあったけど、2回目をとったときは、もしかしたらまぐれじゃないのかなって思えるようになりました」

しかしその後は、国内の大会でもなかなか勝てませんでした。

▲いま自分できることをやるだけと、気持ちを切り替えてつかんだ世界選手権連覇 Photos:EXDREAMSPORTS Inc./Augusto Bizzi

勝てなかった時間が続く中で、江村選手の気持ちに大きな変化がありました。

「元々すごい完璧主義な性格で、完璧にいかないときに冷静じゃなくなって試合でパフォーマンスが落ちていくことが多かった。健康でしっかり動ける状態が完璧だと思うんですけど、心技体どこかに何か問題が生じている状態でも、戦える準備ができていることこそが完璧なんだと思うようになりました」

江村選手には競技における結果だけでなく、選手としての目標があります。

「今もめざしていますが、いつも自分の好きな自分でありたい。江村美咲を応援して良かったと思っていただけるようなプロ選手でありたい。という気持ちはずっとあります。もちろん完璧な人間はいないと思うんですけど、自分の長所や短所も含めて、しっかり自分ができることをやっていきたい」

24年3月には都内で開かれた、フランスの高級ブランドのオープンイベントに招待され、普段とは違う装いをした江村選手。

「想像もしてなかった経験でした。フェンシングも大好きですし、お洋服とかも大好きなのでうれしかった。これからもっと上のステージで活躍できたら、もっと自分の想像もしていないことが起こるのかなと考えると、ちょっとワクワクします」。フェンシングを通じて競技の魅力を伝えることはもちろん、競技以外でも注目されることが増えました。

この夏、江村選手は世界最高峰の舞台に出場しました。個人は3回戦敗退でしたが、気持ちを切り替え、団体では見事に銅メダルを獲得しました。女子サーブル種目では日本初の快挙でした。

世界で戦うトップアスリートとして、支えてくれる立川だけでなく、日本全国にうれしい報告をこれからも伝えてくれることでしょう。

(取材・制作:4years.)

※プロフィールの写真はPhotos:EXDREAMSPORTS Inc./Augusto Bizzi

アスリート情報

東京都

フェンシング(サーブル)

江村 美咲

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貢献したい地元:東京都立川市

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