海外留学で培った経験を糧に 26年のプロテスト合格をめざす
鹿児島県のアスリート、女子アマゴルフの藤野蒼來(そら)選手(勇志国際高校2年)はオーストラリア留学時に、現地大会で優勝を果たすなどグローバルな経験を積んできました。自身の課題であるフィジカル面やコースマネジメントを再構築し、2026年に控えるプロテスト合格と、世界最高峰の舞台での勝利をめざします。
父と二人三脚でゴルフに打ち込んだ幼少期
ゴルフとの出合いは4歳のころ。ゴルフ観戦にも足を運んでいた父親、寛久さんの影響です。「ボールを打ってみたら、楽しいなあ、と思ったのが最初でした」。ゴルフをはじめてまもなく、大きな存在が現れます。日本のゴルフ界で快進撃を続けていたイ・ボミ選手です。寛久さんに連れられ、イ選手が出る試合の観戦に行くようになりました。
日本で2年連続賞金女王になったイ選手。ファンを大事にすることでも知られ、藤野選手が「ナイスバーディー」といった声援をおくると、気にかけてくれるようになりました。「それが励みになって、イ・ボミ選手みたいになりたい、と憧れる気持ちを抱くとともに真剣にゴルフに取り組むようになりました」
いつも一生懸命な藤野選手を、寛久さんも全力で支えてきました。親子とも、やるからにはとことん、という性分です。小学校に上がるころから大会から大会へと出場を続け、鹿児島から関西や北陸、関東まで、車中泊のできる自家用車を飛ばし、走行距離は年に6万から7万キロにも及んだそうです。大変厳しい日々でしたが、寛久さんはこう振り返ります。
「どんなに辛くても、弱音を吐くことはありませんでした。(藤野選手の)とにかくゴルフが好きだから、という思いが支えでした」
将来は世界で活躍したいという夢をかなえるため、24年1月から約1年間、オーストラリアへ留学。英語でのコミュニケーションに苦労しながらも、現地の学校に通い、異国の地ならではのコースで腕を磨きました。24年12月のグレッグノーマンジュニアマスターズで見事逆転優勝を果たした経験は、藤野選手にとって大きな自信となり、人間としての成長にもつながる貴重な財産となりました。
スランプを経験したからこそ、明確になった課題
25年の帰国直後は、自信をなくしかけた時期もありました。
「帰国して何試合か出場しましたが、思うようなスイングができませんでした」と振り返る藤野選手。ゴルフをはじめてから1年間タイトルがなかったのははじめてということもあり、結果的に見ると思うようにいかなかったシーズンだと話します。
特に心に残っているのが、25年9月の日本女子アマチュアゴルフ選手権。残念ながら予選落ちとなってしまいましたが、この試合で新たな課題が明確になったといいます。
「コースマネジメントをよりいっそう意識しないといけないなと感じました。小さいころからヤーデージブックを記録する癖はつけているのですが、書き込む内容をもっと細かくしっかりとしないといけない」と、キャディーを務める父からのアドバイスもあり改善に努めるようになったのだそう。
大好きな地元で、実戦に近い練習を重ねる
25年からは地元・鹿児島の「蒲生カントリークラブ」を練習拠点とし、コース内でより実戦に近い練習を行なう環境を整えました。測定器を用いた100ヤード以内のスピンコントロールや、雨や風といった天候に合わせた球質の打ち分けなど、徹底した反復練習を積み重ねた結果、26年3月の全国大会では5位に入賞。冬の間に取り組んできたショットの改善が実を結びました。
「地元ですばらしい練習環境を整えてもらっているので、なんとか皆さんの応援に応えられる成績を残したいです」
大好きな地元のために、自分が活躍して良い成績を残すことで、鹿児島を元気づけたいと思い、明治安田「地元アスリート応援プログラム」への応募を決めました。
鹿児島の魅力は、練習場のスタッフや常連の方々が家族のように接してくれる温かさ。また「桜島を見上げると、やっぱり鹿児島はいいなと感じます」と話すように、車を走らせる際に見える桜島の景色は、常に藤野選手を勇気づけてくれます。
25年に参加した明治安田のコンペでは地元の企業の方々と交流。「応援しているよ」という多くの声に背中を押されました。
目標のプロテスト合格へ、体づくりを重点的に
新たな課題に向き合いながら、日々練習を続ける藤野選手。年上の選手とラウンドを回る機会も増えるなか、自身のフィジカルをより鍛えていかなくてはならないと実感したのだそう。
「上のカテゴリーの選手は、やっぱりパワーがあります。試合会場のなかでも、自分は体が細い方なのでもっとしっかりと体づくりをしていかないといけません」と藤野選手。現在から10~15kgほどの増量をめざし、トレーニングに加え食事の管理も徹底して行なっています。
26年の目標は「日本ジュニア」での優勝です。この大会で優勝すれば、1年少々に迫ったプロテストでは最終からの参加が認められます。「メジャー制覇することが小さいころからの夢なので、まずはプロテストに受かることを一番の目標に頑張りたいです」と、力強く話してくれました。
10代での海外留学に加え、スランプを経験したことで、ゴルファーとしても人間としてもよりいっそうスケールが大きくなった藤野選手。大きな夢に向かって、着実に成長を続けていきます。
(編集:4years.)