〔Presented〕 企画制作:朝日新聞社メディア事業本部

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明治安田 地元アスリート応援プログラム

地元の若手アスリートを地域社会とともに応援しよう!

福岡県

ボクシング

原田 周大

はらだ しゅうだい

地元・北九州のサポートを受け、たどり着いた夢舞台

福岡県のアスリート、ボクシングの原田周大選手(環境開発所属)は、2023年の杭州アジア競技大会で準優勝を飾り、24年にフランスで開催される4年に1度の大舞台に出場を決めました。世界のトップランカーと対等に戦うため、海外遠征も積極的に行なってきました。その努力の成果が今、花開いています。

サッカー少年がボクシングにのめり込むまで

原田選手がボクシングをはじめたのは小学生のとき、兄の影響で北九州市にあるHKスポーツボクシングジムに足を運んだのがきっかけでした。グローブをつけて3ヵ月が経った頃、はじめてのスパーリングに挑戦したときのことは、今でも覚えているそうです。

最初は怖かったのに徐々に手が出るようになり、普段は滅多に褒めない桑原秀彦会長から「頑張ったな」と声をかけてもらったことは、当時サッカー少年だった原田選手が、ボクシングにのめり込んでいくきっかけになりました。

北九州市の豊国学園高校では、2年の春に全国高校選抜大会で3位、3年の夏にはインターハイで全国3位、そして福岡代表として出場した茨城国体では準優勝と全国大会で多くの実績を残しました。杉本幸夫監督の指導はもちろん、全国2冠を達成した2学年上の川谷剛史選手からも大きな影響を受け、常に謙虚で周囲に感謝する気持ちを持つ大切さを学び、人間的にも成長しました。

▲サンドバックに拳を打ち込む原田選手

海外遠征で危機感、練習の質も量も意識を上に

高校卒業後、上京して専修大学でボクシングに打ち込んだ原田選手にとって、23年シーズンは大きな飛躍の年でした。23年10月に開催された杭州アジア競技大会で準優勝に輝き、24年に開催される4年に1度の大舞台への出場権を獲得したのです。

「いつもであれば、勝てるかどうか不安に思うことが多かったですが、アジア大会の際は自信がありました。これ以上やることはない、負けたとしても悔しくないくらいの余裕があり楽な気持ちで試合に挑めたんです。実際にアジア大会は、体も軽く思ったとおりの試合運びができました」

この飛躍の裏には、海外遠征の際に目撃したトップランカーたちの姿が大きく影響しているといいます。

「カザフスタン、ウズベキスタンへ遠征に行ったのですが、そこで危機感を覚えたんです。特にウズベキスタンはアマチュア世界一の国。そこで行なわれている練習内容が、自分とは比べ物にならないくらいの量でした。フィジカルの差以前に単純に自分の練習量が足りないんだと気付かされましたね」

10kg以上のランニングの後にボクシング練習も行なうなど、とにかく量をこなす海外選手の姿に感銘を受けたという原田選手。遠征後は海外選手との差を埋めるべく、質だけでなく量も意識して自身を追い込みました。

アジア大会決勝で感じた力の差

夢舞台への切符を手にした原田選手ですが、アジア大会決勝は大きな課題にも直面したといいます。

「決勝ではウズベキスタンのアブドゥマリク・ハロコフ選手との試合でしたが、想像以上に力の差を感じました。眼窩底(がんかてい)の骨折までして、絶望に近い感覚ですよね。でも、あの試合で現在地を知れたことは大きな財産になりました」

課題としてあげるのは、基礎的な能力の向上。「技術が追いついて、同じ土俵に上がれれば、あとは気持ちとスタミナ勝負。そこは自信があるポイントなので!」と力強く語ってくれました。

世界で結果を残し、北九州を盛り上げていきたい

競技活動を続ける上で、「自分の人生を支えてくれている仲間や恩師がいる地元に、ボクシングを通じて何か恩返しがしたい」と考えるようになった原田選手。21年の全日本選手権で優勝した後、実家に帰省したときに、恩師の一人であるHKスポーツボクシングジムの桑原秀彦会長から、明治安田「地元アスリート応援プログラム」を紹介してもらいました。世界に出て結果を残すことで北九州を盛り上げていけたら良いと思い、プログラムへの参加を決めました。

「生まれ育った地元とのつながりは切っても切り離せません。北九州には、僕の人生のほぼすべてが詰まっています」と原田選手は話してくれました。地元では友人たちにも恵まれました。楽しかった思い出ですぐに頭に思い浮かぶのは、高校1年のときに出場した福岡県大会。減量に苦しみながらも優勝し、中学時代の友人たちに小さな祝勝会を開いてもらいました。地元の友人たちと一緒においしいご飯を食べて、みんなから「おめでとう」と言われたときの喜びは忘れられないそうです。

ボクシングで行き詰まったときには、仲間たちと自転車で40分ほど走り、カルスト台地が広がる平尾台でよく星空を眺めているそうです。北九州市内の夜景を一望できるポイントがあり、そこから見る夜景はすごくきれいで、大学生になった今でも行きたくなる場所だといいます。

地元の応援を支えに世界の頂点へ

世界大会へ向け、北九州市に拠点を戻して準備してきました。地元に帰ってきたことで、改めて人とのつながりやサポートに感謝する毎日が続いていると話します。

「東京にいたときは、朝から夜まで比較的自由に大学の練習場が使える環境が整っていましたが、地元ではそうはいきません。でも、地元の大学にリクエストしたら快く練習場を貸してくれて、ジムの方々もフレキシブルに対応してくれる。地元の方々が応援して、支えてくれていることを体感しています」

▲国内からアジア、そして世界の頂点をめざし、練習を積んできました

24年の目標は、もちろん夢舞台で頂点に立つこと。アジア大会で戦ったハロコフ選手との再戦にもワクワクしていると話していました。

「ハロコフ選手は僕らの階級で現状世界一の実力を持つ選手。アジア大会ではボコボコにやられましたけど、“ここを超えられればいいのか”と一つの指標を体感できたおかげで、直接的な目標ができたことに感謝しています。もちろん、次当たれば負けるつもりはありませんし、夢の舞台で再戦してリベンジできたら最高じゃないですか!」

この夏、原田選手は目標だったリングに立ちました。準々決勝まで進み、メダルには届きませんでしたが堂々と戦いました。

地道な努力を重ねてたどり着いた夢舞台。地元のサポートに感謝の気持ちを抱きながら、原田選手はこれからも世界のリングに立ち続けます。

(取材・制作:4years.)

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原田 周大

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貢献したい地元:福岡県北九州市

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