ゴルフ大会イベントでの激励を原動力に「今年こそは必ず」合格
東京都のアスリート、女子ゴルフの勝田花菜選手は、はじめて臨んだ2024年のプロテストは最終試験まで通過したものの、再チャレンジの25年では、2次で涙を飲みました。26年の3度目となるプロテストの挑戦は、「今年こそは必ず合格し、応援してくれる地元の方々に恩返ししたい」と、万全の準備で挑みます。
初のプロテストは最終テストで悔しい落選
勝田選手は小学2年のとき、自宅近くでジュニアゴルフ体験レッスンに参加したのが、ゴルフとの出合いでした。やがて大会にも出場するようになり、中学3年のときには東京都ジュニアゴルフ選手権(女子12~14歳の部)で優勝しました。
高校は、団体戦の強豪として知られる明秀学園日立高校(茨城県日立市)に進学。ゴルフ部で寮生活を送るなか、日々練習とトレーニングをこなし、23年の日本ジュニアゴルフ選手権では、ベストスコアの64で13位の好成績を収めました。
高校3年となった24年7月、勝田選手は自身初のプロテストに挑戦。体調を整えて万全のコンディションで挑み、1次と2次は見事に合格しましたが、最終テストで悔しい落選となってしまいました。
「1次と2次では練習ラウンドでもスコアを出せて、思い描いたとおりのプレーができていました。でも、最終テストは雰囲気も締まっていたので緊張してしまい、焦りがスコアにも出てしまったかなと思います」
目標を明確にして挑んだ2度目のプロテスト
高校を卒業した勝田選手は地元に帰り、中学時代から通っていた杉並区のゴルフ練習場「ハイランドセンター」に通います。黒須光廣コーチと一緒にトレーニングに励むだけではなく、同施設のアルバイトスタッフとしてフロント業務もはじめました。
25年の7月に再びプロテストに挑む直前には、ステップ・アップ・ツアーに出場。プロの舞台を肌で感じ、「自分もこの場所で戦い、勝ちたい」と目標が明確になりました。
そして挑んだ、2度目のプロテストの結果は2次ラウンド敗退。その敗因を勝田選手は、「みんな結構ピリピリしている雰囲気のなかでやるので。自分のゴルフだけに集中して焦らずにできるか、メンタルが結構大事だなと思いました」と振り返ります。
プロテスト後には、テストに受かった選手のお父さんに話を伺う機会もありました。「『技術的にはまあ十分ある』っておっしゃってくださって。『あとは試合の持っていき方が少し足りていない部分がある』と。25年のプロテストは耐えのゴルフでしたので、自分のなかでどう冷静に判断できるかが大事だった」と課題も見つかりました。
失意が残るなか、11月には6月に次いで、明治安田「地元アスリート応援プログラム」のイベントとして江東支社主催で行なわれたゴルフ大会に勝田選手は参加しました。「そこで、明治安田江東支社のみなさま、一緒にラウンドしていただいた方々から直接、『次こそは大丈夫』と激励をいただいたことが、再び立ち上がる原動力になりました」
26年から勝田選手は、女子プロゴルファーが数々の名勝負を生み出してきたチャンピオンコース、武蔵丘でキャディもはじめ、週に1回は練習もさせてもらっています。「トーナメントコースなのでグリーンもすごく速い。難しいのでいい練習になっています」
また日ごろ、試合感を味わうために同級生と回ることが多いそうですが。同じプロテストを受ける同級生と一緒に回る際には、ジュースを賞品にするなど緊張感を持たせているそうです。
そして今回は、試合勘であったり、ハイレベルな戦いのなかで自身のコンディションを見るために、プロテストの直前に行なわれた日本女子アマチュアゴルフ選手権競技に向け、4月の予選に参加して出場を決めるなど、プロテストに向けて万全の状態を整えています。
「プロテストは3日間あるなかで、スリーパットをしないとか。攻めるところは攻めるけど、守るところはちゃんとボギーでいいやって切り替えていくとか。攻めることだけがすべてじゃないと、スコアを落とさないためには耐えることも必要なので。素人みたいですけど、攻めるだけでなく、一つずつ置きにいくことも大事にプロテストもやりたいと思っています」
地元をこよなく愛する勝田選手。毎夏開かれる「東京高円寺阿波おどり」は「自分にとっていい気分転換」で、何でも相談してリラックスできるという美容室など、地元の多くの方々に背中を押してもらっているという勝田選手。
「26年こそプロテストに合格して、支えてくださっている方々に結果で恩返しができるのが一番。結果を出して、喜んでもらえるように頑張ります」と笑顔で決意も語ってくれました。
勝田選手が毎年、「東京高円寺阿波踊り」や「高円寺びっくり大道芸」を楽しみにしているように、地元の人々が、杉並区から誕生した女子プロゴルファーの、プロツアーでの活躍を楽しめる日が間もなくはじまりそうです。
(編集:4years.)