苦しい時期乗り越えプロめざす! 家族や地元への恩返し誓う
愛媛県のアスリート、女子アマゴルフの城戸姫菜選手(エリエールゴルフクラブ松山)は、小学生のころから全国大会で上位に入る有力選手。中学、高校では怪我や不調に悩まされましたが、諦めずに努力を続け、2024年プロテストでは最終テストへ進出しました。苦しさを乗り越えてきた経験をバネにプロをめざしています。
とんとん拍子のジュニア時代から一変 高1で不調に
ゴルフとの出合いは偶然でした。父から「家族みんなでできるスポーツをしよう」と言われ、幼稚園児だった城戸選手は近くの練習場でゴルフをはじめました。珍しい水上練習場だったため、打つとボールが池にポチャンと落ちるのが面白く、「連れていって!」と毎日のようにせがむようになりました。
小学1年のとき、その練習場に貼ってあったゴルフスクールのポスターを見て、「行きたい!」と言いだし、母がすぐ電話しました。募集は小学2年からでしたが、「うちの子は4月生まれで大きいので大丈夫です!」と頼み込み、スクール側が受け入れてくれました。小学2年ではじめて大会に出場。翌年、四国大会では女子で1位となり、全国大会で見事2位になりました。「実感がなく、楽しみながらやって、気付いたら2位でした」
小学5年のとき、スクールがなくなって指導を受けていた監督と離ればなれになり、父と二人三脚の練習がはじまりました。2人で本やビデオを見て、小学6年で四国大会に優勝し、全国大会3位に入りました。しかし、中学生になり反抗期を迎え、父がゴルフを経験していないことに不信感を覚え、父とうまくいかなくなってしまいます。
それからは、どんな動きをしたらどうボールが飛ぶのか、いいショットの時は何を考えて打ったかなど、ノートに記録しながら練習を重ねました。試行錯誤のなかで、四国大会では優勝して全国大会にも出場していました。
ところが、大きな壁にぶつかります。高校1年の秋、四国大会の団体戦でした。ひとつミスショットをしたら、なぜかミスショットが止まりません。はじめてのことでパニックになりました。次の試合では直るだろうと思っていましたが、同じミスショットが続きます。体が勝手に反応して、思うように動いてくれませんでした。「9番アイアンで隣のコースまで飛んでいっていました(笑)」。次第に練習までも怖くなり、「はじめて心の底から辞めたいと思った」といいます。
ある日、泣きながら母に電話をすると、「高校卒業したらやめてもいいよ」と言ってくれました。そのひと言で気持ちが軽くなりましたが、いざゴルフから離れようと思うと、小さいころから楽しかったゴルフから離れられませんでした。
結果が出なくなると、それまでほめて優しくしてくれた周りの人たちがサッと遠のいていくのも感じました。「スポーツは成績なんだ」と悔しい思いもしました。そんななか、応援して支えてくれる家族や仲間がいました。「自分は打てる」とそれだけを考えてボールを打ち込み続け、少しずつ調子を取り戻していきました。
卒業後は、地元のゴルフクラブに研修生1期生として就職。かつて指導を受けた監督と再会し、新たな一歩を踏み出しました。ところが約1年後、今度は右ひじをけがして、半年間クラブが握れなくなってしまいました。落ち込みながらも、ひじを使わないトレーニングを毎日続け、読書などでゴルフに対する考え方を学び、メンタルトレーニングを続けました。「自分のゴルフが生まれ変わりました。ピンをねらうことが全てだと思っていた。何も分かっていなかった(笑)」「目の前の一打に集中する。ミスはミス。次のショットは全く別物と考えるようになった」といいます。
1打差で「プロ」逃す 「悔しさ」バネに飛躍誓う
24年の女子プロテストで見事復活しました。1次、2次予選と突破して最終テストに出場。3日目まで合格圏の上位20位に食い込んでいましたが、最終日の途中に崩れてしまいました。でも、そこから監督の言葉を思い出し、「よしっ、楽しんでやろう」と思ったらカップが大きく見え、コースが広く感じられました。結果は27位タイで、惜しくも1打差で合格を逃しました。「あの一打を決めていれば」と悔しさがこみ上げ、「絶対プロになってやる」と誓いました。
目標は25年のプロテスト合格。自らのプレースタイルを「ショットメーカー」と話します。朝7時までにゴルフ場に出勤し、午後2時半ごろまでキャディーとして働き、それから午後8時ごろまで練習します。4日間戦う体力を養うため筋力トレーニングやランニングもして、打ち込む球数も増やしています。地元のお客さんが声をかけて励まし、飲み物を差し入れてくれることもあります。好物は焼き肉。気分転換には瀬戸内海が見える岸壁に行って海を眺めます。地元へ恩返しができればという思いで明治安田「地元アスリート応援プログラム」に応募しました。
「ゴルフの成績で親に一度も怒られたことがない。好きなゴルフを自由にさせてもらってきた」と振り返ります。そして、「ゴルフはお金のかかるスポーツ。両親、弟、妹にたくさん負担をかけてきたので、早くプロになって賞金で欲しいものを好きなだけ買ってあげたいです(笑)」。苦しさを乗り越えてきた経験をバネに飛躍を誓います。
(編集:4years.)