テニス人生最大の試練を乗り越えて 夢のウィンブルドンをめざす
埼玉県のアスリート、女子テニスの光崎楓奈選手は、2025年3月に痛めた膝の手術を受け、大半の時期をリハビリと治療に費やすという、テニス人生で最大の試練に直面しました。しかし、持ち前の前向きなメンタリティーで空白の時間を心身の成長へと変え、見事復帰。幼少期からの夢であるウィンブルドンでの優勝を再びめざします。
テニス1本にかけた覚悟と手応え
光崎選手は5歳のとき、友達に誘われて地元のテニススクールに通いはじめました。小学2年の秋にはじめて全日本テニス選手権をテレビで見て、「私もこの舞台で戦いたいと感じて、本格的にテニスに打ち込むようになった」そうです。それからの練習はほぼ毎日。小学6年になると、全国大会で2度、準優勝に輝くなど結果を残しました。
全国区で活躍した中学時代を経て、通信制の高校に進んだのも「テニス1本で頑張りたかったから」です。16歳で全日本ジュニア選手権シングルスを制し、17歳で世界スーパージュニア選手権ダブルス優勝。「タイトルも取れて、少しずつ上のレベルに上がっていけた気がします」と、自身の成長に確かな手応えがありました。
リハビリ期間に広がった視野と心の余裕
21年の全日本テニス選手権で準優勝するなど、一歩一歩ステップを踏んでいた光崎選手を襲ったのが、25年3月の膝の怪我でした。5月に手術を受けましたが、これほど長い期間ラケットを握れない日々ははじめての経験だったといいます。
「手術が決まった直後は本当に落ち込んで、世界ランキングのことなどを考えてしまいました」
それでも、武正真一コーチや家族からの「この時期にしかできないことをやればいい」という温かい言葉に支えられ、すぐに気持ちを切り替えることができました。
リハビリ中は、これまでできなかったことに挑戦。日光へ旅行に出かけたり、陶芸やフラワーアートといったものづくりに挑戦したりと、自宅での時間を充実させました。
「ずっとテニス漬けだったので最高の気分転換になり、改めてテニスをやりたいという情熱が湧いてきました」
想像以上の痛みに耐え、歩く、走る、ジャンプという段階を踏み、8月前半にようやくラケットを握れたときは「やっとテニスができた」という喜びと同時に、不思議な感覚を覚えたと言います。
この試練を経て、身体のケアやトレーニングに対する意識が劇的に変わりました。「今までは自分の身体について知らないことが多かった。お金も時間も費やしたことで、ケアの大切さに気づけました。テニスに対する考え方も変わり、休むときはしっかり休むという、心に良い意味での余裕と広い視野が生まれました」と、人間的な成長を実感しています。
涙があふれそうになったコートへの復帰
26年1月、光崎選手は東京都ニューイヤーオープンテニス選手権大会でついに復帰を迎えました。試合当日の朝は、普段とは異なる張り詰めた空気に「コートに戻れた喜びで少し泣きそうになった」と振り返ります。
足の様子を慎重に見極めながらのプレーでしたが、見事に復帰戦で優勝を飾り、ホッとした表情を浮かべました。直近では世界大会に2週連続で出場し、実戦感覚を取り戻しつつあります。
「実は、まだ手術前の状態に完全に戻りきっているわけではありません。日によっては膝が伸びにくいなど悪い日もあるので、現在も調整を続けています。試合感がまだ足りず、フットワークや体力が今後の大きな課題です。それでも、1年間トレーナーとともに地道なトレーニングを行なってきたので、膝の動きさえしっかりとついてきてくれれば、絶対に勝てるというポジティブな自信に満ちています」と力
温かく支援してくれる加須市へ恩返し
24年12月から明治安田の補強選手として日本リーグに出場した光崎選手は、テニス部の田元龍馬監督から「地元アスリート応援プログラム」を紹介してもらいました。
「地元を盛り上げるというプログラムの目的がすごくいいなと。心機一転と考えて3年ほど前に引っ越してきた埼玉で、テニスを好きになってもらえるようなイベントができたら、という思いもあります」
練習拠点である埼玉県加須市の「むさしの村ローンテニスクラブ」は、光崎選手にとって大切な場所。のどかな雰囲気が出身地に似ており、今では長い遠征から帰ってきたときに最もリラックスできる環境となっています。怪我をした際も、地元の人々から「大丈夫だよ、待っているよ」と温かい言葉をかけられたことが、復帰に向けた大きな原動力となりました。
大好きな花を見るためにジム帰りに立ち寄った「藤まつり」や、名物のコシが強い「肉汁うどん」をみんなで食べる時間が、厳しい練習の合間の癒やしとなっています。
25年には、明治安田が主催するテニスクリニックに講師として参加し、小学生から中学生まで、初心者を含むたくさんの参加者と触れ合いました。「テニスが楽しかった!またやりたい」と言ってもらえたことは、テニスの普及活動への大きな貢献となり、光崎選手にとっても非常にうれしい経験となったと言います。
ランキング奪還とウィンブルドン優勝への道
26年の明確な目標は、怪我で失ってしまった世界ランキングを少しでも早く取り戻し、500位以内に近づけること。そして全日本テニス選手権に出場し、優勝を飾ることを掲げています。日本ランキングで100位以内に入れば予選からの出場が見えてくるため、一戦一戦を全力で戦い抜く覚悟です。
周囲の人や「地元アスリート応援プログラム」で支援してくれる人たちのためにも、これまで以上に真摯にテニスに向き合うつもりです。
「テニスクラブやスポンサーのみなさま、家族には感謝してもしきれないぐらいお世話になっているので、もっともっと活躍できるように頑張りたいです。また、こういう機会をくださった明治安田のみなさんにも恩返しの意味を込めて良いニュースを届けたいですし、テニスのイベントなどにも参加させていただきたいです」
自らの強みを「毎日少しずつコツコツ努力できるところ」という光崎選手は、フォアハンドとボレーを武器にした攻撃的なテニスが魅力です。いつの日か緑鮮やかなウィンブルドンのコートに立てる日を心待ちにしています。
(編集:4years.)