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明治安田 地元アスリート応援プログラム

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三重県

スノーボード

宮村 結斗

みやむら ゆうと

世界大会へ再挑戦 「愛される選手」になって夢舞台で飛ぶ

三重県のアスリート、スノーボード(スロープスタイル・ビッグエア)の宮村結斗選手(ムラサキスポーツ所属)は、2025年にビッグエアのワールドカップで3位に入賞したプロスノーボーダーです。26年の世界大会は出場がかないませんでしたが、「愛される選手になる」という理想像を掲げて4年後の夢舞台へ再挑戦します。

スノーボードとの出合いはレジャー先の雪山

自然豊かな三重県亀山市で生まれ育った宮村選手は、小学1年生のときに親にレジャーで連れて行ってもらった雪山でスノーボードに出合いました。次第に夢中になって小学6年生から大会に出場し、やがて障害物やジャンプ台が設置されたコースで滑走技術を競う「スロープスタイル」と、一つの大型ジャンプ台から飛び出して空中技で難易度や完成度などを採点する「ビッグエア」を専門にしました。

18-19年シーズンにプロ登録資格を獲得。以後、さまざまな大会で活躍するなかで、遠征や練習で地元を離れることが多いため、「帰ってきたときは疲れた体を自然のなかで休めたり、ランニングをするときに景色を楽しめたりできるのが魅力です。見慣れているけど懐かしいなと安心できる。離れてみてこそ分かる亀山の良さを実感しています」と言います。

▲小学6年生の宮村選手。長野県白馬村の「Hakuba47」にて

ワールドカップ3位、世界選手権5位に輝く

23年8月にはニュージーランドで開催された世界ジュニア選手権で3位入賞を果たし、この成績がきっかけで23-24年から日本代表チームに選ばれ、ワールドカップにも出場できるようになりました。そして23年12月にカナダ・エドモントンで開催されたワールドカップではビッグエア4位。さらに25年2月にアメリカのアスペンで開催されたワールドカップのビッグエアでは、自身初の表彰台となる3位に入賞しました。

「24-25年シーズンの前半戦は技の決め方を試行錯誤していたため、なかなか成績を伸ばせず、予選落ちが続いていました。早期敗退が続くと代表から落選してしまうので、スタンスをもとに戻した大会がアスペンでのワールドカップ。スタンスとは、ライバルに勝つことよりも自分の技に集中する。つまり、練習でできていないことを本番で挑戦するのではなく、確実に決められる技を全力で出すことにしました。ライバルのレベルが高かったのですが、冷静さを取り戻して3位に入れたのは自信につながりました」

25年3月にはスノーボード世界選手権の日本代表に選出。わずか4枠しかない代表枠を勝ち取り、同月にスイスで行なわれたFIS スノーボード世界選手権に臨み、ビッグエア5位に輝きました。

「24-25年シーズンは世界選手権に出場することをめざしていたので、目標を達成するだけではなく、実際に出場して良い経験を積めました。レベルの高いスロープスタイルではジャンプやレールの練習がもっと必要だと課題を感じられましたし、ビッグエアではワールドカップから引き続き、自分のなかでの最高の2トリックをまずは確実に出すというスタンスで臨み、5位に入れたのは良かったです」

世界大会へ出場はかなわずも「後悔はない」

確かな結果を残した宮村選手は、さらなる成長を求めて25年10月には単身でスイス遠征へ。「雪上で左回転と右回転の5回転半を実際に練習することが目的」だった海外遠征で、5回転→5回転半→6回転と次々にトライしていくうちに、6回転半にも成功しました。この世界最高回転数の大技を決められたのは世界で2人目。「スノーボード界で知名度が上がった」と言います。

▲スイスでの練習風景。大技の6回転半を成功しました

25年12月のFISワールドカップビッグエア北京大会では4位に。「右回転の5回転半と左回転の5回転を両方ちゃんと決める事ができましたが、3位の選手がここぞのところで決めてきた結果、惜しくも4位でした」と振り返ります。

宮村選手は「今まで決められなかった右回転の5回転半、目標だった左回転の5回転も成功できるようになって、確実にうまくなっています」と成長を実感しています。それでも、「周りのレベルもすごく上がっている」こともあり、目標にかかげていた26年の世界大会出場はかないませんでした。

この結果を真摯に受け止め、宮村選手は「最善を尽くして万全の準備をしてやり切ったので後悔はありません」と語ります。「自分にはこの過程が必要だった」と気持ちを切り替え、大会期間中は「できることをやろう」という意志で解説者として活躍。旧知の仲でもある木村葵来選手などを応援して、帰国後に行なわれたメダル獲得の祝勝会にも参加して「すごく感動しました」と振り返ります。

▲スイスでの練習風景。大技の6回転半を成功しました

4年後は誰かに喜んでもらうために競技を

次こそは、4年後の世界大会に出場するために再出発。「客観的に世界大会を見たことで、価値の大きさを感じて、新たな目標像ができました」と気持ちの変化を明かす宮村選手は、「26年までは自分のために滑っていましたが、4年後は自分のスノーボードで誰かが楽しんでくれたり、喜んでくれたりしてくれるように競技活動をしたい」と語ります。取組みの一環として25年は地元の中学校と小学校で講演会を開催。「スノーボードをもっと知ってもらうための活動」にも積極的になりました。

明治安田「地元アスリート応援プログラム」にエントリーしてから、JFLヴィアティン三重の試合日のイベントなどに参加するなかで、地元の方々やファンとの交流機会が増えて「愛される選手になりたい」という思いも芽生えてきました。だからこそ、「競技はもちろん、イベント参加でファンと触れ合い、情報発信することなどにも全力で取組み続けたいです」と意気込み、目下の目標としては「世界選手権でのメダル獲得」をめざしています。

地元からの声援を背に、世界を飛ぶ宮村選手の勇姿から目が離せません。

(編集:4years.)

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