勝負の年「安定のゴルフ」でプロをめざす 4回目の挑戦
埼玉県のアスリート、女子アマゴルフの森田彩音選手は、2023年に挑んだプロテストでとても悔しい思いをしました。「メンタル面が自分の課題だと思います」と振り返ります。24年を勝負の年と位置づけて、メンタルを強化して「安定のゴルフ」を心掛け、憧れのプロ選手をめざしています。
アプローチ、パターに注力しメンタル面を強化
23年の女子プロテストは、森田選手にとって3回目の挑戦でした。プロテストは上位20位タイまでしか合格できず、合格率約3%と言われる超難関です。高校3年のときにはじめてチャレンジしましたが、そのときは「一発で合格できるとは思っていなかった。どういうものか、先を見据えた出場」でした。翌年の2回目は最終テストまで進出しましたが、「合格するのはまだ実力が足りないんだなと自分で納得できた」と言います。
そして、最終テスト進出の実績を踏まえて3回目のプロテストに臨みました。「自分が成長している実感もありました」と手応えを感じながらの挑戦でした。しかし、ショットはよかったものの、アプローチとパターが崩れてしまいました。グリーンにパーオンできず、パットでのリカバリーもできずにボギーになるホールが重なり、結果は2次予選を通過することができませんでした。「とても悔しかったです」。会場の三重県のゴルフ場から、いつものように父の運転する車で帰宅しましたが、道のりが長く、長く感じました。
自分のプレーを振り返ってメンタル面が課題だと感じました。「ショットに頼りすぎて、グリーンに乗らないとアプローチやパターが怖くなってしまった。安定したプレーをするには攻めすぎず、ねらいすぎずにプレー全体をコントロールするメンタル面の強化が必要だと思いました」。それ以来、安定したプレーをめざして、アプローチやパターの練習にこれまで以上に取り組んでいます。
両親の影響で3歳からゴルフ 自宅倉庫で練習
ゴルフをはじめたのは、ともにゴルフが趣味だった両親の影響でした。3歳からおもちゃのクラブで遊び、小学1年のときに栃木県で開かれたジュニア大会にはじめて出場。小学5年になると、週末は千葉県の練習場でコーチの指導を受けました。指導を受けるメンバーにプロ選手が2人いました。その選手たちがとてもかっこよくて、プロ選手に憧れるようになりました。
練習時間は平日が約1時間、週末は朝5時半に起きて千葉県の練習場で練習を続けてきました。中学校に入ると、埼玉県越谷市の自宅庭にある倉庫に父がネットを張ってくれて、そこでアイアンなどの練習を積みました。
努力が実って、高校2年のときには関東高校ゴルフ選手権冬季大会で優勝を飾り、翌年には全国高校ゴルフ選手権大会で9位タイに食い込みました。武器は飛距離240~250ヤードのショット。24年5月に開かれた関東女子ゴルフ選手権では9位タイ。「心掛けているプレー全体をコントロールした落ち着いたゴルフ」ができていると感じています。
尊敬する選手は、22年のアース・モンダミンカップで優勝した木村彩子プロ。千葉の練習場で同じコーチから指導を受けた選手です。「勝負強く、大事な場面でしっかり決めるところがすごい」。森田選手も常に上位で戦える選手をめざしています。
地元越谷のマラソンや阿波踊りに積極参加
練習や大会で張り詰めた日々を送る森田選手の気分転換は、親類から借りた畑で父と一緒にトマトやイチゴを育てることです。特にイチゴが大好き。埼玉県越谷市には関東で最大規模のイチゴ観光農園もあります。そして、練習の行き帰りの車の中で、ガールズグループ「NiziU」や「ME:I」の楽曲を思いっきり歌います。
越谷市で生まれ、小中高も地元の学校へ通った森田選手は、地元のイベントに積極的に参加しています。5歳から小学校低学年まで、徳島、東京・高円寺に並んで「日本三大阿波踊り」とも称される南越谷阿波踊りに参加してきました。
23年は地元のゴルフ連盟に所属して市町村対抗選手権予選の2位通過に貢献し、24年の元日には地元のマラソン大会に参加して10キロ完走しました。スポーツには「人を元気にする力」「人を集める力」「人を結びつける力」があると信じて、明治安田「地元アスリート応援プログラム」に応募しました。「ゴルフを通じて、地元貢献していきたい」と力強く話します。
森田選手が世界で活躍するプロとなって、地元を元気にしてくれる日がくることも、そう遠い日ではないかもしれません。
(取材・制作:4years.)
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