スポーツクライミング界期待のホープ、目標は世界選手権での活躍
埼玉県のアスリート、スポーツクライミングの長森晴選手(N高等学校2年)は2024年のIFSCユース世界選手権(U18)ボルダーで優勝するなど、若手のホープとして期待されています。筋持久力と瞬発力を併せ持つ選手をめざし、いずれは地域と競技をつなげる存在になりたいと願います。
安楽宙斗選手とは一緒に遠征するほどの仲
長森選手は小学生低学年の頃から、週に2、3回のペースで地元のジムに通いはじめました。選手として注目を浴びるようになったのは中学3年だった23年。ユース日本選手権のBカテゴリー(15歳以下)でリードとボルダーの両種目優勝を果たし、日本山岳・スポーツクライミング協会から強化選手に選ばれました。勢いそのまま、翌年はリードユース日本選手権とユース世界選手権のボルダーで優勝し、両種目ともに世代トップの力を示しました。
ユース世代で活躍するようになると、競技中のアイソレーションエリア(待機する選手が他の選手の試技を見ないように隔離されたエリア)などでトップ選手と会話をするようになりました。そこで安楽選手と親しくなり、今では一緒に遠征するほどの仲になりました。
「2歳上の安楽選手は23年に両種目でワールドカップ年間優勝を果たしました。世界のトッププレーヤーは両種目ともハイレベルです。私の目標はシニアカテゴリーの世界選手権で活躍すること。安楽選手のように両種目とも活躍できなければ戦えません」
「自分が優勝するビジョンしか浮かんでこない」
24年8月の世界ユース選手権、長森選手はリードとボルダーの両種目に出場しました。先に実施されたリードで大きなミスをしてしまい、決勝に残ったものの9人中7位に。結果に動揺した長森選手は、安楽選手に電話しました。
「30分ぐらい話しました。ボルダーの試合まで2日間あるから、気持ちを切り替えて頑張れみたいな話です。声を聞いて『よし頑張ろう』と気を取り戻しました。しかし焦りが心に残っていたのか、ボルダー予選の1ラウンドでも良い結果を出せず、通過が危うくなったんです。すると2ラウンド前の休憩中に安楽君から電話がきました。このときの会話で気持ちが座り、次の試技を成功させて、一気に順位を上げて予選を通過しました」
冷静さを取り戻した長森選手は決勝で不安が全くなくなり、課題を見る前から「自分が優勝するビジョンしか浮かんでこない」というほど充実していました。今までに経験したことが無いほど試合に集中でき、思いどおりの登りを見せて、優勝しました。
地域と競技に貢献し続けるアスリートに
明治安田「地元アスリート応援プログラム」はユースの大会で活躍するようになる前、中学2年の頃に知りました。スポーツクライミング界と地元に貢献できるという趣旨が、自身の将来像と重なり「絶対に参加したい」と思いました。しかし、当時はまだ大きな実績が無かったため、思いとどまっていました。中学3年になり、国内外の大会で実績を重ね、両親と相談して申し込みました。
クライミング選手は、たとえば野口啓代さんのように、引退後は外岩に挑戦しながら競技の普及に努めるという選手が国内外にいます。一方で長森選手は将来、自身の活動を通しての普及ではなく、スクール経営や代表コーチになる夢を描いています。スポーツクライミング業界という視点から、選手の育成面を含めた活動で競技に貢献し続けたいと考えています。
「アスリートとして結果を出し、引退した後は地域でトレーニングを広める、ときにはイベントを開催する。そんな地域とスポーツクライミングに貢献し続けるアスリートでありたいです」
所沢の“地元飯”に癒やされています
近年は選手として急成長を遂げる一方、国内外を問わずに合宿や試合が増えたことで、地元の埼玉県所沢市を離れる期間も長くなってきました。合宿や遠征を終え、地元に戻ってきた長森選手を癒やしてくれるのが、昔から通うお店「ぶんぷく」と「彩玉軒」です。リフレッシュできるスポットとして、今も大切にしています。
「ぶんぶくは大きな天ぷらが特徴の武蔵野うどんが、とてもおいしいです。所沢でおすすめしたいお店ナンバーワンです。かなり小さい頃から通っていますね。彩玉軒は町中華屋さんで、味はもちろん、ボリュームのあるメニューがうれしいです。すべてを終えて所沢に戻ってきたとき、地元の友達と『じゃあ彩玉軒行くか』みたいな。定番のお店です」
いっときのご褒美で心身ともに回復し、これからも世界の舞台に向けて挑戦を続けます。
(編集:4years.)