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明治安田 地元アスリート応援プログラム

地元の若手アスリートを地域社会とともに応援しよう!

福島県

スキー

西沢 岳人

にしざわ たけと

4年間の準備期間を好機に変え さらなる飛躍を誓う

福島県のアスリート、スキー(モーグル)の西沢岳人(たけと)選手(チームリステル所属)は、2024~25年のワールドカップで初の決勝進出を果たし、26年には世界最高峰の大会にも出場。現在、けがでリハビリ中ですが、地元・北塩原村の方々から受けた応援にさらに応えるため、次の4年後の飛躍に向けた準備を進めています。

“岳人”の“岳”は“山岳”の“岳”

西沢選手がモーグルに出合ったのは6歳のとき。日本体育大学の基礎スキー部だった父・優(まさる)さんの影響で2歳でスキーに出合い、その後モーグルをはじめました。名前の“岳人”は、山が好きな優さんが山で育ってほしいと“山岳”から“岳”の字をつけたそうです。

▲“タケちゃん”の愛称でスキーヤーに可愛がられていた

「スキー場にはスキーが上手なお兄さんがいて、みんな僕を“タケちゃん”と呼んで可愛がってくれました。そのお兄さんたちと一緒にコブを滑ったり、小さなジャンプ台でちょっと飛んだりするくらいのことなんですけれど、すごく楽しくて。毎日、母におにぎりを作ってもらって滑りに行くようになりました」

そのお兄さんのひとりが、チームリステルの先輩で、現在は日本代表フリースタイル・モーグルチームのコーチの遠藤尚(しょう)さんでした。遠藤さんの指導もあり、西沢少年は徐々にコブを滑るスピードが速くなり、エアも高さが増していきました。

挫折も好機に変え世界最高峰の大会へ

明治安田「地元アスリート応援プログラム」を知ったきっかけについて、西沢選手は「人とのつながりを感じた」と語ります。優さんの高校の同級生で母・佐知子さんの友人が、このプログラムを勧めてくれたことで応募を決めました。早稲田大学に通うため故郷を離れ、地元の良さや自然の美しさを改めて感じた期間でもあり、「いつか地元に貢献できるといいな」という漠然とした思いが輪郭を持ったときでもありました。

そして、大学では東京を拠点にトレーニングを積み、全日本選手権では2年連続で3位以内と実績をあげ、22年の卒業後は地元・福島のホテルリステル猪苗代に就職。スキー場に所属し仕事をしながら練習も精力的に行ないます。

23年には、それまで選出されていた日本代表から惜しくも外れてしまう挫折も味わいましたが、「全日本を外れ多くの時間を福島で過ごすことで、より地元の方々のサポートを感じたし、応援の声も多く届きました。リフレッシュできる時間も多く取れましたね。もし競技をやめても、ずっと福島に住みたいなと改めて思いました」と、西沢選手の心が折れることはありません。

▲2024年3月の全日本選手権デュアルモーグルで見事優勝

考え方を大きく変えることで、徐々に成績も上向きました。24年3月に開催された全日本スキー選手権大会では、デュアルモーグルで優勝。モーグルでも2位の好成績を残すなど、24年シーズンは見事、全日本代表に返り咲きました。

しかし、11月に開幕した24~25年のワールドカップでは、なかなか結果を残すことができませんでした。ワールドカップ遠征から落ちそうな危機もありましたが、一時帰国した地元福島でこれまでのワールドカップを振り返るとともに、基礎的なターンを見つめ直すことで選考会に優勝し、ワールドカップ出場を継続。そして、ワールドカップ再開のアメリカ大会で自身初の決勝進出を果たすと、3月のイタリア大会で8位入賞。26年に行なわれた世界大会の国内派遣基準をクリアし、25年12月に行なわれたワールドカップで決勝に進出するなど結果を残し、26年1月に出場が決まりました。

世界大会で知った世界観と新たな決意

世界大会にはじめて出場した西沢選手は、その世界観に圧倒されました。

「全くいつもの大会とはやることなすことすべて違って。選手村での生活やセキュリティ、大会会場の規模感やお客さんの数だったり、どの大会よりも特別な感じなのはすごい伝わってきて。最初はその雰囲気を楽しむことができたんですけど、楽しかったのは開会式まで。試合当日は、本当に緊張しました。 ガチガチでした」と振り返る西沢選手。

「やっぱりあの世界大会で結果を残すことは大変なことなんだなというのを、肌で感じました。経験しなかったら、そんなことも思えなかった。出てみて分かったことなので、出られて良かったなという気持ちが一番でした。でもやっぱり、出るだけじゃなくて、出て結果を残したいという強い気持ちが芽生えました」と新たな決意が生まれました。

突然起きた悲劇も4年後に向けた好機に変えて

26年2月に行なわれた世界大会から帰国した西沢選手は、2月末に富山で行なわれたワールドカップに出場。日本のファンの前で、日本最高峰の技を披露しました。

「こんなこと言ったらあれなんですけど、世界大会よりもすごいお客さんが来てくれた感じがあって。久しぶりに日本でやったので、こんなに盛り上がるんだなってびっくりした」と言う西沢選手。実は世界大会では万全ではなかった腰の状態も、大会後の休養期間で万全に。予選5位と好位置につけましたが、決勝は11位。「守りに入らない滑りができたことは良かったんですけど、最後の最後でミスしてしまうという失敗をしてしまった。でもこれを続けなければ強くなれない。予選が良かっただけに悔しかった」

そして、迎えた3月の全日本選手権。ターンの面でいい練習ができ、調子も良かった練習中に転倒し、全治6ヵ月の大けがを負いました。

「けがをして落ち込みましたけど、4年後の世界大会を見据え、あと4年あると考えたら、良くはないですけど、タイミング的には一番良かったのかな」と好機に捉えています。

▲挫折やけがを乗り越えるたびに、西沢選手は成長して帰ってくる

26年シーズンは、どういう立場で、どのような試合に出られるかはまだ分からないという西沢選手。「自分の課題、特に技術の面ではもっと向上したいというプランもあるので、そこをしっかり突き詰めて、4年という長い目で少しずつでも成長していけるようにしていきたい」

磐梯山に包み込まれる安心感に癒され、息子のように送り出してくれる北塩原村から世界に羽ばたく西沢選手。このたび、結婚も発表し、新たな感謝の気持ちも生まれました。

「明治安田のウォーキングイベントもそうですけど、県とか村に貢献できることがあれば、僕でよければ何でもお手伝いしていきたい。世界大会に出てから、地元で声をかけられることも増えてきたので、いっそう自覚を持った選手として行動をしていきたい」と気持ちも引き締める西沢選手。今後の活躍は、北塩原村だけでなく福島、そして日本全国が注目しています。

(編集:4years.)

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貢献したい地元:福島県耶麻郡北塩原村

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