“二刀流”から100m専念 確かな手応えで東京世界陸上に照準
静岡県のアスリート、陸上(短距離)の鈴木涼太選手(スズキアスリートクラブ所属)は、2024年の世界最高峰の大会に向けて勝負の年となった23年に、それまでの100mと200mの“二刀流”から100m1本に種目を絞りました。24年6月の布施スプリント100mでは連覇を果たし、確かな手応えを感じています。
「学生日本一」に輝くも苦しんだ最初の2年間
鈴木選手と陸上の出合いは小学生のとき。50m走で7秒を切る速さでクラス1番になったことがきっかけで、中学に入ると陸上部に入部。ただ、この頃は「県大会にギリギリいけるかどうかの選手だった」と振り返ります。浜松工業高校に進学し、高校3年時にはインターハイで100m、えひめ国体では100mの他、4×100mリレーにも出場して入賞しました。
高校卒業後はスポーツ推薦で陸上短距離に力を入れている埼玉県の城西大学に進学。日本一をめざして練習に打ち込みましたが、大学1年の秋の大会と、冬のシーズンオフの期間に右ハムストリングスの肉離れをおこしてしまいました。
短距離のシーズンオフは「冬季練習」といって体づくりの期間に充てられます。しかし、けがで思うように体をつくれず、大学2年のシーズンはけがが重なり、記録も伸びませんでした。「顔には出しませんでしたが、ずっと精神的にきつかった」と思い返す鈴木選手。つらいときは地元の先生たちが声をかけてくれたそうです。
大学3年時の20年は新型コロナウイルス感染症の影響により、多くの大会が中止に。その年は楽しみにしていた帰省も控えました。そして、10月に延期となった関東学生陸上競技対校選手権大会(関東インカレ)男子1部100mで見事優勝。鈴木選手にとって大学ではじめての大きなタイトルとなりました。
その後は数々の好結果を残します。21年5月にポーランド・シレジアで開催された世界リレーに日本代表として選出されると、4×100mリレーの第2走者を務めて銅メダルを獲得。帰国後の関東インカレでは、ライバルたちに競り勝ち男子1部100mで2連覇。追い風参考ながら10秒01のタイムに、競技場にはどよめきが起こりました。さらに9月の日本学生陸上競技対校選手権大会(日本インカレ)では100mで2位、200mで優勝。追い求めてきた「学生日本一」のタイトルを手にしたのです。
陸上競技の魅力や楽しさを子どもたちに伝えたい
22年春には地元の実業団、スズキアスリートクラブに所属しました。今まで以上に地元との関わりが増えることを楽しみにしていた鈴木選手が出合ったのが、明治安田「地元アスリート応援プログラム」でした。
「地元から応援をもらう」というプログラムの趣旨に心をひかれたことがきっかけでした。「なんだかんだやっぱり、浜松が好きですね」。地元の先生たちの団結力や、浜松の空気感が好きだと語ります。
22年、プログラムの一環として、地元・浜松での陸上教室に参加したときには中学の頃の陸上部の先輩との出会いがあったり、教室に参加した方から支援を受けたりするなど、地元とのつながりを実感しました。
明治安田の陸上教室は毎年続いており、地元アスリートの代表として鈴木選手も参加しています。
「走りを教えるというより、楽しくやっています。一緒に走って、スポーツ選手はこれぐらい速いんだとか、すごいとか、魅力的だなっていうのを、少しでも感じていただければ。明治安田さんから、このような地元のみなさんと交流する機会をいただいて、楽しい時間を過ごしています」
また、スズキアスリートクラブがシーズンオフには浜松で行なっている陸上教室にも参加しています。担当するのは小学生から高校生までの子どもたちで、高校時代にお世話になった先生たちとともにイベントを盛り上げ、未来世代へのバトンをつないでいます。
100mに専念した年の誕生日に自己ベストで優勝
100mと200mの二刀流が特長の鈴木選手でしたが、24年の世界最高峰の大会出場をめざす勝負の年として、23年から100mに専念することを決意しました。
「国際大会はそこまで緩くない、極限までせめないといけない。基本的に強い選手は絶対どちらかに絞っている、両方できる人でも絞っている。だからどちらか一つに、絞るなら陸上の花形である100mにこだわりたいと」と語っていました。
まず取り組んだのが、鈴木選手が重視するスタートから30mのタイムです。「30mまでのタイムが速くなったのが一番の収穫でした。練習で走る距離やウエイトのやり方も変わりましたね。最大出力を発揮しないといけない種目なので、その最大値を上げるために、1回で挙げる重量の重さも変わりました」
そして、23年6月に行なわれた布施スプリント100mでは、自己ベストの10秒17で優勝を飾りました。この日は、ちょうど鈴木選手の誕生日と重なり、二重の喜びに。自身のインスタグラムでも結果を投稿すると、優勝と誕生日のお祝いコメントが多く寄せられました。
「タイムは安定しています。今のところ練習もうまくできているので、この感じを続ければもっといいタイムが出せると思います」と、手応えを感じていました。
今後の目標に挙げているのが、25年に東京で開催される世界陸上です。
「自国の世界陸上に出場できるのは、人生で1回しかないと思う」と、特別な思いを寄せます。そこで結果を残すことで、地元の子どもたちにもスポーツの魅力や楽しさを見てほしいという思いもあります。
「地元の企業に入って、地元の方に見てもらうことが増えた。自分は結果を出し続けるしかないので、今はとにかく進むしかないですね」
日本開催の世界陸上や地元・浜松への思いを力強く語ってくれた鈴木選手。今後、鈴木選手を目標に活躍する選手が誕生する日もそう遠くはないかもしれません。
(取材・制作:4years.)
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