亡き恩師の言葉「1ミリの努力」 いつか大きな歩みになると信じて
山梨県のアスリート、体操の竹澤薫子選手(山梨ジュニアアカデミー所属)は、2024年3月に開催された種目別ワールドカップの平均台で銀メダルを獲得して、注目を浴びました。大切にしている言葉は「1ミリの努力」。長期にわたり指導を受けた故・伊東安崇コーチがいつも口にしていたフレーズです。この言葉を胸に、さらなる高みをめざして練習を続けています。
はじめてのW杯で平均台「銀メダル」獲得
竹澤選手は高校3年のインターハイで、ゆか3位、平均台6位の成績を残しました。卒業後は大学へ進学せずに、中学から練習を続けてきた地元・甲府市にある山梨ジュニアアカデミーに所属して競技を続けています。24年3月にアゼルバイジャンで開催された種目別ワールドカップでは、正規メンバーとしてはじめて出場するW杯ながら、平均台で2位となりました。一方で、帰国後の国内大会では予選を通過できませんでした。
「ワールドカップから国内大会への気持ちのつなげ方がうまくできませんでした。一緒に出場した選手には両大会ともに決勝に進んだ方もいます。大きい大会への出場経験の少なさが出てしまったと思います」
現在の目標は24年11月に開かれる国内大会での入賞です。「海外と比べて国内の大会は器具の品質が良く、選手が思い切って技に挑戦できます。技に専念しやすい環境なうえ技術の優れた選手も多く、試合は世界大会とは違った厳しさがあります。そのような中で成績を残したいと考えています」
心折れそうになり体操をやめることも考えた
両親がともに元体操選手という家庭で育ちました。姉が体操教室に通っていたこともあり、竹澤選手は幼少の頃に体操をはじめました。中学2年で甲府市に引っ越して山梨ジュニアアカデミーに入り、ここで恩師の故・伊東コーチに出会いました。伊東コーチの指導のもと全国中学校体操競技選手権大会では種目別の平均台で3位になりました。技術に加えて体操選手としての振る舞いや気持ちの持ち方も学び成長する一方で、高校時代にはもう体操をやめようと思ったときもありました。
「心が折れそうになったことがあって。そのとき、気持ちを再び体操に向けてくれたのが伊東コーチでした。私の考えや感じたことを聞き、ご自身の経験や、第三者目線で感じたことを伝え、私に気付きをもたらして、選手として前に進ませてくれました」
伊東コーチのもとで練習を続けたいと思い、竹澤選手は大学へ進学せず、山梨で競技を続ける道を選びました。しかし22年の冬、伊東コーチが亡くなります。直接言葉をかけてもらうことができなくなりました。思うように進めないときは、伊東コーチがよく使っていた「1ミリの努力」という言葉を思い出すようにしています。
「毎日1ミリずつ努力して、それを積み重ねれば、やがて何メートルにもなる。今日1ミリでいいから進もうと、よく話していました。今でも不安を感じるときは、『1ミリの努力』を思い出すようにしています」
「できない」が「できる」に それが体操の面白さ
平均台で好成績を残していながら、得意という意識は今でもないそうです。
「でも練習は大好きです。練習を続けることで、できなかった技ができるようになるのが好き。自分で課題を見つけてさらに練習を重ねて技を突き詰めるという過程に、体操の面白さを感じています」
明治安田「地元アスリート応援プログラム」は、知人から教えてもらったといいます。竹澤選手は中学生から高校生の頃、次世代甲府大使として甲府市に応援してもらっていた縁もあり、甲府市の役に立ちたいという思いから、家族と相談して参加を決めました。
とにかくフルーツでいっぱいの甲府
竹澤選手が思う甲府市のお薦めは、なんといってもフルーツ。甲府市はフルーツ栽培が盛んです。一日の寒暖差が大きく日照時間が長いなど、盆地特有の気候が甘いブドウやモモの生産に適しています。
「とにかく甲府にはフルーツがいっぱいあります。私も大好きです。周囲に、実家がフルーツ農家という知人が多く、ときどき、売りに出せないものなどをお裾分けでいただきます。本当においしいんですよ。甲府のフルーツはなんでもおいしいです。特にシャインマスカットがお薦めなので、ぜひ味わってみてください」
大切な地元、山梨の声援を背負い、努力を積み重ねる日々がつづきます。
(取材・制作:4years.)
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